23.フィブリンの陰で#4

 仰天したのはロックのほうだ。呻くように啼いて減速した。シーサの頭がロックの腹の下から飛び出した、と思ったらまた隠れた。シーサも減速したのだ。あくまでもそこで遊びたいらしい。
「シーサ! いいかげんに……あ、そうか。ロック、止まろう! ゆっくり減速!」
 微妙な加減で手綱を引く。ロックがゆったりと減速する。シーサがピョコピョコ頭を出したり引いたりしながら、一緒に減速した。いい感じだ。そのまま並足へ速度を落とし、ついに止まった。
 やれやれ。
 飛び降りると、シーサはまだロックの下にいた。頭がロックの腹につかえているのに出ようとしない。もう終わり?という顔つきで、首をひねってこちらを見ている。ウィルは苦笑するしかなかった。とんでもない見境なしだ。速さと身の軽さとが最高のレベルで融合している。
 帰るぞ、と促してもシーサが動かないので、やりかたを変えた。ロックにまたがり、その場で半回転する。ロックが情けない声でフォーゥと嘶いた。腹の下でシーサがもぞもぞするのだろう。かまわず発進した。並足から早足、駆け足へ。シーサは真下に入ったままぴったり付いて来る。
 向こう正面に見える大人達がみな呆気に取られている。やがてハルが手を叩き、グレズリーが口笛を吹き、柵の前に到着した時には、ニッガもセルゲイまで笑っていた。
「凄いもんだなぁ、純血てのは」
 グレズリーが大きく息を吐き、感に堪えないというふうに呟いた。セルゲイが遠い目で言った。
「わしが若い頃、一頭だけ純血パルヴィスがいた。だがその竜は、探索中にマスターを振り落とし逃げてしまった。他の亜種達と足並みを揃えて走ることが、あの竜には苦痛だったのだろうな。砂漠を一直線に走り行ってしまった」
「帰って来なかったんですか」
 ハルが尋ねると、セルゲイは首を振った。
「来なかった。おそらくそのまま――他の共同体に拾われた、という可能性も無くは無いが、まあ望み薄だな。ウィリアム、エヴィーと同じ調子で純血種に乗るんじゃない。竜が何を考えているか全てわかるマスターにならなければ、竜のほうから見切りを付けられるぞ。心しておけ」
 みんながシーサに注目した。未知の力を秘めた竜。シーサは一同の視線などおかまいなし、ロックの尾にじゃれ付いている。ロックは面倒そうに欠伸をした。そのくせ妙に律儀に尾を揺らし、シーサの相手をしている。
 その日はまる一日、訓練に明け暮れた。シーサは「来い」の合図を三度で覚えたが、相変わらず走り出すと止まらなかった。並走するたびロックの腹の下をくぐって遊んだ。ロックもすっかり慣れたもので、しまいにはシーサが飛び込んでくるタイミングを狙って急停止するようになった。前ぶれなしの急停止にウィルはもんどりうって転げ落ち、背中を強く打ってしまった。
「あー、もう! シーサ、いいかげんにしろよ! ロック、そんな合図してないだろ!」
 悪態を付きながら戻ってきたウィルに、セルゲイが冷たく言った。
「怒鳴っても無駄だ。思いどおり竜を操りたいなら、マスターになれ」
「どうやったらマスターになれるんですか。毎日乗ればいいのか、それとも……」
「乗る頻度はどうでもいい。たった一度の騎乗でマスターになる者もいる。まあ、どうやったらなれるかなどと人に聞いている奴は、絶対になれんな」
 セルゲイはさらにぶっきらぼうに答え、ウィルの胸元をドンと拳で押した。答えはここにあるぞ、というふうに。