2006-07-01から1ヶ月間の記事一覧

38.答えあわせ#8

少し離れた場所で、下草を噛みしごいて遊んでいるシーサの元へ向かった。と、「おーい」とバーキン老人の声が飛んで来た。 「どうだった? いい話ができたかね?」 声と一緒に、待ちわびたという勢いで本人も飛んで来た。しかし浮かないウィルの顔を見取った…

38.答えあわせ#7

押し黙っているウィルを下から見上げるようにして、ハヴェオは繰り返した。 「『あの人』はやめたほうがいい。父親でなかったとしても、そういうふうに呼ぶのは……今までどおりで良いのではないかね」 妙な話になってきた。言いたいことを言ったらすぐ出よう…

38.答えあわせ#6

むっと蒸し暑いなか、ハヴェオは変わらない姿勢でテーブルに肘を突いて座っていた。さすがに上はシャツ一枚だ。目はどんよりとけだるそうに濁り、剥き出しになった首周りに赤い湿疹が浮き出ている。彼はうんざりという顔で口だけ動かした。 「何をしに来た。…

38.答えあわせ#5

はい、とだけ返事をした。マリーは握った手を小さく揺らしてから開き、「またね、ウィリアム」と笑って人垣の中へ帰って行った。 ウィルはそのままシーサの傍らに立ち、村の東はずれに向かうオーエディエン竜と人々の群を見送った。ルロウが焼き払ったミード…

38.答えあわせ#4

ウィルの高い声に、離れた人ごみの幾人かがこちらを振り返った。マリーはシッと唇に指を当て、低い声音のまま尋ねた。 「なんだか変ね、ウィリアム。何かあったのですか。そういう口ぶりでしたよ。話してごらんなさい」 そのとき向こうからシンの号令が聞こ…

38.答えあわせ#3

並ぶと、マリーはまた一段と小さく感じる。……俺の背が伸びたのか。 ウィルは足元の焚き火の跡を指差し、新月祭のことを思い出していたと話した。 「いろいろあったけど、楽しかったなと思って――これからは、あんなふうにみんなで顔を合わせることも無くなる…

38.答えあわせ#2

太陽が中天に昇る前にカピタルに着いた。仕事は二つある。手早くシールド・ポールを埋めて、もうひとつの任務に着かないと。 村は最後の移住準備でごった返していた。砂埃が巻き上がり、虫の巣を突いたように騒がしい。これまで外周に築いたもの全てを森に移…

38.答えあわせ#1

待ちわびていた連絡がソディックから入った。最後のシールド・ポール二本が完成したと。 シーサで駆け付けた休憩所は、周囲の木立が切り拓かれ、テント群に囲まれ、ぽつんと林のなかにたたずんでいた以前とずいぶん雰囲気が違う。休憩所というより司令塔とい…

麦太郎の旅妄想

わたりとりの書庫へようこそ。 栞でほっとひと息 第四十弾です。 今回はアブない、というかイケない妄想です。 ここの常連様はよくご存知の麦さんつながりで、最近onox氏のブログに遊びに行っております。そこで変な文章を見た。 七夕の日,7つの願い事をし…

37.ラタの谷#20

月がのぞいたところで蒼の湖に向けて出発した。並足でゆっくり歩く。朝からの雨で濡れた丘が、ライトに照らされ黒くつやつや光っている。ヒビ裂け丘よりずっと手前の林で進路を北西へと変えて進む。月が高く昇る頃、黒い鏡のように静まり返った蒼の湖が見え…

37.ラタの谷#19

翌朝、霧のようなごく弱い雨が降り始めた。撥水コートをかぶり、誰も起き出さないうちに急いで出発した。 そぼ濡れる丘陵地帯をゆっくり駆ける。真夜中までに蒼の湖に着けばいい。時間には余裕があった。昨日よりはずっと背上の揺れも落ち付いている。ときど…

37.ラタの谷#18

ヒビ裂け丘の下を調査した二日後、ウィルはロックダムとともにカピタルに帰った。 コムでパドと話を付け、休憩所で落ち合ってロックを借りた。背には、以前ソディックを休憩所に送ったとき使った籠が積んである。シーサはレオン・セルゲイに預けてきた。 ミ…

37.ラタの谷#17

とりあえず、その『おかしな場所』とやらに出発しようと促すと、レイリーは首を振った。 「先に食事にして、少し休まない? そんなに遠くないけど、夜まで待たなきゃ」 なんで夜まで待たなきゃならないんだと聞いても、レイリーは見ればわかると言うばかりだ…

37.ラタの谷#16

コムが鳴り、メイヤ・ファリウスから指示が入った。東の丘陵地帯、蒼の湖にほど近い休憩用のテントでレイリーと合流するようにと。ウィルはちょうど蒼の湖ほとりへ移住するグループを先導し、丘陵地帯に差し掛かっていた。グループのリーダーに森の全体地図…

37.ラタの谷#15

色の悪いハヴェオの顔に紅みがさした。ウィルの疑問が、自分を詰(なじ)る言葉に聞こえたらしい。頬杖をついていた手を拳に変え、ドンッとテーブルを打った。 「どうしてだと? 決まっている! メルトダウンの正確な時がわからないのだぞ、これが不安になら…

37.ラタの谷#14

以前のウィルなら、こう怒鳴り返しただろう。 ――償うべき相手はあんたのせいで死んだんじゃないか、もういないじゃないか、だから俺が代わりにあんたを憎んでやる、俺にはその資格がある―― だが言葉は出てこなかった。 「サムソン氏へ詫びると言っても、不確…

37.ラタの谷#13

「俺、そんなつもりで来たわけじゃ。傷つけるなんてまさか」 ウィルは慌てて首を振った。ひやりとした。 わかってる、わかってるとバーキン老人は繰り返し、ウィルの背中に回り込んで驚くほどの強さでグイッと押した。 「そうとも。間違いは誰にでもあるさ、…

37.ラタの谷#12

ウィルは足を南へ向けた。以前、ソディックが居た村はずれへと。 村に帰ったのはこのためだ。あいつの様子を見てみようと思ったからだ。見てどうするか、そこまでは考えていないけれど、ともかくそうしようと思った。避け続けるわけにはいかないと思った。 …

37.ラタの谷#11

ハルの言葉を思い出さずにはいられなかった。 ――僕は君の持ち物じゃない。 違う、そんなつもりじゃないんだ。あのときハルにそう言い返したかった。 「ウィルはどう思う? わたしが言うこと」 違う、アリータはそんなつもりじゃないはずだ。今、ラタにそう言…

37.ラタの谷#10

「なあ、それでいいんじゃないか。そういうことじゃないか。優しい人間じゃなかったとしても、これからなればいい。一生懸命考えて、なればいいだろ」 勢い込んで言った。少なくとも俺は、他人なんて関係ないを繰り返すラタより、つまずいて転んでも泣いてて…

37.ラタの谷#9

じっと固まっているウィルに、ラタは小さく首をかしげて言った。 「ウィルはどうしてそこにいるの? わたしの話を聞いてくれるの? それで優しい人間になってるつもり?」 うーんと唸り、ウィルは頭を掻きむしった。ラタの話は難しすぎて、やっぱり置いてい…

37.ラタの谷#8

「わたし、怖かった。キディがいるかぎり姉さんは地下室でどんどんおかしくなっていく。それでママに相談したの。そしたら、ガランに頼んで、キディの預け先を探してくれることになって。でも、返事を待ってる間にあの感染騒ぎが起こって……わたしが頼んだこ…

37.ラタの谷#7

小窓から家の中をのぞく。人影がひとつ見えた。 「ラタ、いるか?」 人影が動く。誰?という声のあと、ややあって扉が開いた。顔を出したのはラタだ。 「何か用?」 ウィルはぐっと後ろに引きたくなった。ラタはこれまでで一番陰気な顔をしていた。それでい…

37.ラタの谷#6

「さて、そろそろ行くか。日が沈む前に着かねば。キディ!」 手招きされ、キディがすっ飛んできた。いつの間に摘んだのか、白い小花を付けた草を束ね持っている。「もう行くの?」と尋ねるキディを抱き上げ、セルゲイは言った。 「いつまでも止まっていると…

37.ラタの谷#5

「すみません、俺、わかってはいたんです。エヴィーのこと気に掛けてくれて、ありがとうございました」 深く頭を下げた。ハルがいなくなって以来、セルゲイがエヴィーの世話をしてくれていることを知っていた。床の土に新しい杖の跡がたびたび付いていたから…

37.ラタの谷#4

半分以上の住人が森に移住を済ませた頃、コムから渋い声で通信が入った。レオン・セルゲイだ。 通信の翌日、ウィルはニッガの林の真ん中あたりまで彼を出迎えに行った。 シーサに乗ったまましばらくたたずんでいると、やがてカピタルの方角から十数頭のオー…