2006-06-01から1ヶ月間の記事一覧

37.ラタの谷#3

作業が始まった。脚を折りしゃがませた竜の上から、手分けして材木を降ろし、離れた一角に積んでいく。パドの指示が上手いのか、流れるような動き、見事な連携だ。 見とれて突っ立っていたウィルがはっと気付き「俺も」と手を出しかけると、ルロウの若者達は…

37.ラタの谷#2

バーキン草原を横ぎり西のルートへ進む。サムのルートを見つけるまで通った川下への抜け道。何ヶ月ぶりだろう。 林を抜け、感染騒動があった例のルロウ移住区に向かった。初めて踏み込んだ彼らの移住区は、数十日前の悲惨さを忘れたかのように落ち着いていた…

37.ラタの谷#1

移住計画は軌道にのり、カピタルとルロウの住人が交互に移住地へと出発する日が続いた。新しい移住グループを受け入れるため、先発グループも段階的に森の北方面へと移らなければならない。毎日、森のどこかで、数頭のオーエディエン竜と数十の人々が隊列を…

ゴールデンワードです(※正しくはMaximです)

わたりとりの書庫へようこそ。 「金言」でまだ芋掘り中。 昨日の栞で、「いわゆる金言(偉人の言葉・フレーズ・文章)をむやみに崇拝することは言葉に対する冒涜だと思う」と書いたのですが、なんか言葉足らずの感が。 「深く勉強もしないで偉人の言葉を使う…

ゴールデンブログです

わたりとりの書庫へようこそ。 栞でほっとひと息 第三十八弾です。 私は連想(妄想)をだらだらつなげて遊ぶことが好きです。これを「芋を掘る」と称します。 今回は、「芋堀り中」の私の頭ン中を、体裁を気にせずにだだ漏らします。 chargeupさんの記事「ブ…

36.地図#16

ページを前に繰ってゆく。読める単語がぽつぽつ増えてきた。ここは数学、次は科学、首都の地理、歴史上の人物と出来事……どのページもそれほど傷んでいない。 だがついに行き当たった。紙がへたるほど読み込まれた、ページ一枚ごとにハルの手の温かさが残って…

36.地図#15

どうやって帰ってきたか、覚えていない。 ランプを点け、その明るさにぎょっとして慌てて炎を絞り、火屋(ほや)の代わりに布をかぶせた。自分の手しか見えない暗闇のなか、テーブルに両肘を付き頭を抱えていた。 ハルが発した一語一語が自分のこころに突き…

36.地図#14

「ハル!」 叫んでいた。耳をふさぎたかった。 「変だぞ! どうかしてる!」 「どうもしないさ!」 とたん、グゥッという鈍い音とともにハルは吐いた。体を起こしひねり顔をのけぞらせる。口から胃液が溢れ、頬を伝い、糸を引き床に落ちる。ウィルは部屋の隅…

36.地図#13

「そのかわり、甘いミードと竜の肉をいくらでも食べていいんだ。気分が悪いから肉はあまり食べたくないけど、ミードはいいね。他に楽しみが無いから、僕、そればかり飲んでる」 うんうんとうなずき、ウィルは気付いた。ハルの服が真新しい。模様はないけれど…

36.地図#12

ビリー・ヒルは帰っていった。ウィルは家の扉に歩み寄り、その前で動けなくなった。 扉の向こうにハルがいる。ハルはどんなことを考えているだろう。生まれつき抗体クラスが低かったばかりに、他人が竜使いの息子に収まってしまったんだと聞かされて。 わか…

36.地図#11

「兄貴は親父の仕事を継がなかった。親父の思惑どおりに。だがそこからが違ったんだ。成人して数年はおだやかに過ごしていたんだが、ある日突然、勝手にガランと話をつけて、ガランの補佐役に就いちまった。あの仕事も相当の激務だ、親父が俺を跡に据えてま…

36.地図#10

「力になってやれと言われても、正直なところ、どうしていいかわからんのだが……何か聞きたいことがあるか?」 唐突にそんな質問をされても。うーんと腕組みをしたウィルを、ビリー・ヒルはそれこそ兄が弟を見るような目で眺めている。とりあえず真っ先に思い…

36.地図#9

「遺言を覚えているか? 俺の親父の」 「遺言? トニー・ヒル氏のですか――確か、」 「お前が抗体のことで悩む日が来たら力になってやってくれ、という遺言だ。なぜわざわざそんなことを言い残すのか、俺にはさっぱりわからなかった、あの話だ。今回の件でわ…

36.地図#8

そうだ、忘れていた。まさしく今日は十五歳の誕生日だ。 ぽかんとしているウィルを立たせ、バーキン老人はせかせかと計測に取り掛かった。一年前と同じ順序で、頭から足の先まで、指の一本一本まで。 言われるまま腕を上げたり降ろしたりしながら、ウィルは…

36.地図#7

新しい地図と自分の旧い地図を受け取り、また森を駆ける日が返ってきた。 森の北半分を、シンと手分けして探索する。ウィルは蒼の湖から北上した東地帯をあたった。古木が密生する深い森が続き、なかなか人が住めそうな土地が無い。 新しい地図には格子状に…

36.地図#6

「では、いったん地図を預からせてもらうよ。明日の夕方には新しい物を渡そう」 ガランの言葉に、パドがうなずき丸めた地図を差し出した。シン、レイリーも自分の地図を押しやる。「それもだ」とパドに促されてウィルは戸惑った。 「新しい物って?」 「おい…

36.地図#5

ウィルの気持ちをよそに、雑談を交わすような打ちとけた雰囲気で話し合いは進んだ。 一千のルロウの居住民は四つのグループに分割し、移住区を遠く離すことになった。ガランは丁寧に説明した。多人数が固まって住むと森が変わってしまう、とくに土と水が汚さ…

36.地図#4

三日後、ウィルはガランからコムで呼び出された。ある物を持って来いと。 言われた物を持って入った円卓の間には、三人の竜使いとメイヤ・ファリウスが顔を揃えていた。他にカピタルの長老達が数人、ルロウの男達が数人づつ。 ガランが一同の前で、感染症の…

36.地図#3

「今までどおりだ、ウィリアム。父さんと呼べばいい」 セルゲイは間髪いれず返した。 「取り替えたんじゃない、二人とも息子にしたのだ」 だが納得しないウィリアム目付きを見取り、やがて頭を掻いた。 「うむ……まあ確かに、お前達にしてみれば取り替えたよ…

36.地図#2

二人で部屋に戻り、セルゲイはランプを床に置き、ウィルをベッドに座らせた。その正面に椅子を据えて腰掛け、まずこう言った。 「抗体はハルミが受け継いだ。この意味がわかるな?」 話は簡潔だった。セルゲイは事実だけを誰の感情も交えずに語った。 サムソ…

36.地図#1

全速で走り着いたビリー・ヒルの家の扉は、閉まっていた。 閂(かんぬき)は掛かっていない。押し開け飛び込む。家の中は真っ暗だ。人の気配は無い。本当にいないのか? ウィルは壁を伝い、戸棚を開けて中を探った。他人の家だという意識は頭から飛んでいる…

語ればいいのだ

昨日からの続きで、またお茶の話をします。 ほんとはこっちが本題です(※昨日は手を抜いたわけではない。念のため) お茶を習っていた時期、「金繕い(きんつくろい)」という技巧を施した茶碗を知った。漆工芸作家の友人が、修繕依頼されたものを見せてくれ…

もやっと語る本質私論

わたりとりの書庫へようこそ。 栞でほっとひと息 第三十五弾です。 今回は、私の御師匠様の話。 ある時期、私はお茶を習っていました。ちと事情がありまして。 お歳を召された優しい先生でした。ひとり夜遅くお伺いすることが多かった私を、いつも「こんばん…

35.血の器#13

「ラタ? お前、ここで何してるんだ」 のぞいた彼女の顔付きは普通ではなかった。不安でたまらないという目。右手でウィルの上着を、左手で自分のショールを掴み、ラタは扉の隙間から出ようともせず言った。 「待ってたの、ずっと待ってたのよ! ウィルは知…

35.血の器#12

「待ったところで変わりはしないが、しばらくの猶予が要ると言っている」 「猶予など必要ない。賢明なあなたの言葉とは思えん。事実は変わらないのだ。存在する希望を無かったことにはできない、何を迷うか、ガラン!」 セルゲイの放った一言が、ウィルの耳…

35.血の器#11

「ウィリアム」 ふいに呼ばれた。マリーが気遣わしげにのぞきこんでいた。 「どこか具合が? 大丈夫ですか?」 「俺は大丈夫だ、けど、抗体が、みんなが」 脳裏に焼きついた光景がただの妄想なのか、それとも限りなく現実に近い未来なのか、わからなかった。…

35.血の器#10

暗い部屋で眼を覚ました。 「ここは……」 「ガランの家です。大丈夫?」 横から静かな声がした。マリー・ペドロスが背をこごめ椅子に腰掛けていた。 寝たまま、ぼんやりする頭を振り、だんだん思い出した。ビリー・ヒルからサムの抗体のことを告げられ、この…

35.血の器#9

ビリー・ヒルに右手を掴まれ、ガランの個室に連れ込まれた。 建て付けの悪い窓は締めきられている。壁との細い隙間から、強い昼の光が数筋、かたらわのベッドに突き刺さっている。脇の小机に置かれた銀色の盆が鈍く光っている。抗体注入に使うよりさらに太い…

35.血の器#8

「ウィリアムだな? 話がある。ガランの家に来てくれ」 ハルと二人、顔を見合わせた。響いてきたのはビリー・ヒルの声だったのだ。なんで彼からガランの家に呼び出されるのか、見当も付かない。理由を訊き返す前に、通信は切れた。 ハルと別れガランの家に向…

35.血の器#7

ニッガ達が出発した二日後、カピタルの住民達に、コムが配られた。移住グループの代表者が預かって管理する。ルロウの人々にも十数個が貸し出されたらしい。コムとともに「正午になったら全員で通信を聞くように」という指示も配られた。 そして、正午。 コ…