2005-05-01から1ヶ月間の記事一覧

10.‘やつの名’ #8

「こんばんは。お待ちかねの服を持ってきたぞい。――なにか、わしの顔についとるかね?」 二人は笑って、首を振った。 これで、決まった。あの明るい、風が吹き渡る場所の名は、バーキン草原。 「なんでもないです。バーキンさん、どうもありがとう」 ハルが…

10.‘やつの名’ #7

ハルは真面目だった。 「でも、僕はそうしたほうがいいと思う。ウィル、森から拒絶されている気がするって言ったよね? 名前をつけていったら、何か変わるんじゃないかな」 「……そうかな」 言葉を濁すウィルに、ハルは熱っぽく言った。 「そうだよ。ウィルが…

10.‘やつの名’ #6

ウィルは、彼女の背中に呼びかけた。 「おい、どうせ来たんなら、アリータに伝言してくれよ。虫に効きそうな弾を、作って欲しいって――」 しかしラタは、伝言を無視し、さよならもおやすみも言わずに布を巻き上げた。「帰るの?」と声をかけたハルに、ほんの…

10.‘やつの名’ #5

「僕もいい案だと思うよ」 ハルが賛成した。 「ウィルが初めて見つけたんだから、名前をつけたらそれが‘やつ'の名前になるよ。エヴィーとかハルとかいう名前じゃなくて、パルヴィスとかオーエディエンとか、『種』の名前をつけよう、って意味だよね、ラタ?…

10.‘やつの名’ #4

「もう、お前よばわりでもなんでもいいわよ……、教えてよ」 そう最後に言って、ついにおとなしくなった。 ウィルはかいつまんで、森の中の様子やエヴィーの調子を話した。途中で、得体の知れない‘やつ'に出会った話も。ただ、それで不安になっただの拒絶され…

10.‘やつの名’ #3

ウィルは露骨に顔を歪めた。ラタが、ちょっと気まずい顔をするくらいに。ハルがまあまあと取りなすように手を揺らした。 「成果はあったよ、ラタ。ただ、ウィルの任務がどれほど大変か、改めて感じた一日だった、てこと。ところで、どうしてそう思ったの?」…

10.‘やつの名’ #2

しばらく話を聞いていたハルは、そんな考え方もあるのかといったふうに目を見開いて、それから眉を寄せた。 「ううーん、そりゃ、全部初めて見たり聞いたりする物ばっかりだろう、不安になるのはしょうがないと思う。けど、拒絶されているような気がする、か…

10.‘やつの名’ #1

「……で、どんな格好だったの、‘やつ'は?」 夕食が終わり、片付けたテーブルの真中にランプを置き、ハルは興味津々(しんしん)で訊ねた。 「さっき言ったとおりさ。鼻が突き出た――」 「それは聞いたよ。でも、もっと何かあるだろ。色はなんだとか、大きさは…

09.遭遇 #10

目の前に、何かがいた。 瞳が光っている。 大木の上で見つけた獣とも、人間とも違う、瞳。 明らかな意志を宿し、それでいて感情を含まない、その瞳。 まるで、森の声を代弁しているかのような、その瞳―― オマエハダレダ? ウィルは痺れそうになる自分の意識…

09.遭遇 #9

そうだ、攻撃されたんだよな、とウィルは改めて考えた。 相手が小さかったから、相手がエヴィーに追いつけなかったから、大事に至らなかっただけで。あの生き物達は、間違いなく意志を持って、自分とエヴィーを傷つけようと襲ってきた。 いや、待てよ? たし…

09.遭遇 #8

ぐん、体が強く後ろに揺れる。 エヴィーが加速したのだ。上着が吹きちぎれそうにはためく。 竜のダッシュは、その途方もないパワーを解き放ち、後ろから吹き付けていた風を追い越した。今までの駆け足とは比べ物にならない。耳元から、あの不気味な音が消え…

09.遭遇 #7

ブブブブブ、という不気味なその音が、みるみる大きくなる。と同時に、物体からなにか小さな点の群が、溢れ出てくる。黒と黄色が交じり合うその点は、ひとつひとつが激しく振動し、やがて十、二十と物体を離れ、こちらへと―― ――虫の大群だ。 わかった瞬間、…

09.遭遇 #6

下へ降り、ぞくりとした。かいた汗が気持ち悪くシャツと肌を濡らしている。 ウィルはエヴィーの背に荷物をくくり付け、木陰から出た。 太陽の熱が、すぐ体を温めてくれた。空は相変わらず晴れわたり、見通しのいい草原に、生き物の姿は無い。鳥が囀(さえず…

09.遭遇 #5

一番下の枝さえ登れば、あとは簡単だった。手近な枝を順々に登っていく。 幾枝か登り、ふと下を見ると、くらりときた。けれど、怖くはない。こんな上に「登る」という経験は、初めてだ。なんだか自分が偉くなったような、何かを従えているような、得意な気分…

09.遭遇 #4

予想にたがわず――いや、予想よりはるかに素晴らしく、休憩のミードは美味しかった。 ハルには、一人で飲むミードなんか美味くない、と言ったけど……やっぱり、ミードはいつ飲んでも、いい。ウィルは自分に正直に、そう考えた。 ミードを飲み終え、急に眠くな…

09.遭遇 #3

光が溢れる。 思わず、手のひらで目を覆った。眩しくて、開けていられない。 額と両肩に、太陽の熱を感じる。吹き付ける風が、上着をはためかせた。土臭さはいっきに消え、暖められた草の強い匂いがむせかえるようだ。 ウィルはそろそろと、かざした手を降ろ…

09.遭遇 #2

太陽は昇り始めたばかりだ。暗い林に、白い霧がたちこめている。 霧は砂漠に発生するものより、ずっと濃く、ひんやり冷たく、湿っぽい。エヴィーにまたがるウィルからは、林の木々の黒い幹がかすんで見える。エヴィーの膝から下など、竜の乳を満たしたように…

09.遭遇 #1

新しい道具は、すぐに使ってみたい。 ウィルは、新しい服と鞍の感触を楽しみながら、草のトンネルをくぐり森に入った。そして、ネイシャンからもらった道具で早速マーキングに取り掛かった。 まずは、トンネルの出口で、方位磁石を手に取る。赤い針先が向い…

露出と親睦の誘惑

わたりとりの書庫へようこそ。 長編連載の息抜きに、栞でほっとひと息 第二弾です。 今さらですが、自分のブログ記事にコメントをいただくのって、嬉しいものですね。 (舞い上がってます。昨日のコメントレスも、やけにテンション高いし・・・) 自分はけっこ…

ブログが小説連載に向かない理由

わたりとりの書庫へようこそ。 長編連載いっぽんやりの偏屈なブログへ、たびたび足を運んでくださるみなさま、本当にありがとうございます。遅ればせながら御礼申し上げます。 ご存知かと思いますが、当ブログは目次・作品本文以外のコンテンツがありません…

08.託された遺言 #15

「うん。僕、昨日ハヴェオさんのところに行って、どうして甘いミードをもらっているのか聞いてみたんだ。特に理由がないなら、断ろうと思って……そしたら、ちゃんと理由があるって。この味、ただ美味しいだけじゃなくて、疲れを早くとる効果があるって。ウィ…

08.託された遺言 #14

「ありがとうございます」 礼を言うと、セルゲイはひとつうなずき、続けた。 「お前たちが騎乗試験を終えるまで、サムの言葉を伝えるのは適当でないと思ってな。今まで伏せていた。悪く思うな。……ところで、騎乗試験と言えば、」 セルゲイは軽く咳払いし、テ…

08.託された遺言 #13

セルゲイは、ニッガがくれた鞍や鐙の出来を、黙って丹念に検分している。 ウィルとハルは、顔を見合わせた。遊びに来たようには、見えない。かといって、他の四人のように、何かをくれる雰囲気でも、ない。 ウィルはためらいながら、声をかけた。 「あの、な…

08.託された遺言 #12

「僕、わかった」 ハルが笑った。「答えてもいい?」 一同がうなずいたので、ハルはエヴィーを指差した。 「耳栓だよ――エヴィーの。だよね?」 そうして、テントの横で控えていたエヴィーの手綱をとり、連れてきてくれた。 エヴィーに頭を下げさせ、ウィルが…

08.託された遺言 #11

誰から話したものかと戸惑っていると、バーキン老人が手を叩いた。 「ほれ、ごらん! ぴったりじゃろう!」 ウィルはきちんとした言葉で御礼を言い、心をこめてお辞儀をした。バーキン老人は、顔をくしゃくしゃにして何度もうなずいた。 「いい服だろう? こ…

08.託された遺言 #10

抗体注入は、ヒルの宣告どおり、丸一日かかった。 テントに戻り、ハルが作ってくれた夕食もミードも手をつけず、ウィルは寝袋にもぐりこんだ。 眠たかったわけではない。もうともかく、なんといったらいいか、胃袋いっぱい泥水を飲まされたような強烈な吐き…

08.託された遺言 #9

ドンッという衝撃が横から来た。ベッドが大きく傾く。ウィルの頭が、一瞬で覚醒した。 思わず体をひねり、背後のヒルを見上げた。 彼は、顔を赤くし、ウィルに針を装填(そうてん)した注射器を突きつけ、激しく叱責した。 「いいか、これだけは勘違いするな…

08.託された遺言 #8

ヒルは、問答無用で、お茶の入ったカップをウィルに突き出した。受け取るしかない。 それから、小さく畳まれた紙包みを、中身をこぼさないように明け、カップに傾けた。紙の端から、白い粉がサラサラとカップの中にそそがれた。 不審な顔をしているウィルに…

08.託された遺言 #7

ウィルはベッドから飛び上がった。 ヒルが『始める』と言ったら、アレしかないが……まさか、今日? 自分でも馬鹿だとわかってはいたが、聞き返した。 「あの、始めるって、何を?」 ヒルは、険(けわ)しい目でウィルをまじまじと見た。ものすごくデキの悪い…

08.託された遺言 #6

朝一番でと伝言したくせに、ネイシャンは最後の補習を、朝までみっちりやり通した。ウィルはとうとう仮眠する暇もなく、眠気払いに熱いミードを喉に流しこんだだけで、ヒル親子の家に向かうハメになった。 いや、もうトニー・ヒル氏はいないのだから、ビリー…