08.託された遺言 #6

 朝一番でと伝言したくせに、ネイシャンは最後の補習を、朝までみっちりやり通した。ウィルはとうとう仮眠する暇もなく、眠気払いに熱いミードを喉に流しこんだだけで、ヒル親子の家に向かうハメになった。
 いや、もうトニー・ヒル氏はいないのだから、ビリー・ヒルの家、と呼ぶべきだろう。
 カピタルでは、覚めない眠りが終わった者は、すぐヒル親子の家に運ばれ、体液をすべて採取される。体液はヒル親子の手により、これから生きていく者達のために、抗体アンプルへと濃縮される。こうしてすべての役目を終えた後、共同体リーダーが管理している分子破砕機によって、一握りの灰となり、小さな壜(びん)に詰められ、再び家族の元に戻るのだ――。
 ウィルがヒルを訪ねるのは、この地に定住して以来初めてだ。
 じっくり見るヒルの家は、ガランの家よりずっと大きい。学校よりも大きいだろう。カピタルじゅうの人間が、ここのお世話になるのだから、当然といえば当然かもしれない。衛生的にしなければならないからと、カピタルで四番目にちゃんとした家になったのが、彼らの家だった。
 その家の扉の前で、ウィルは立ち止まった。
 呼ばれて来たとはいえ・・・さすがに、肉親を失くしたばかりの人を訪問するのは、気がひける。いくらカピタルの誰もが、家族を失うことに慣れているといっても。
 だが、朝一番にと言ったのは、ヒルのほうだ。ウィルは思いきって扉をノックした。
 向こうから、低い男の声で返事が聞こえた。と、すぐにガチャリと扉が開かれた。
「おう、来たな。入れ」
 現れたビリー・ヒルが、剃っていないヒゲを撫(な)でながら言った。疲労でだろうか、目が落ち窪んでいる。
 どういったものかと挨拶ができないウィルを、手招きで部屋の中央まで誘い、自分はさっさと壁ぎわの戸棚へ進んで中をかき回しだした。
 手持ち無沙汰のウィルは、しかたなく、部屋の中央に並べられたベッドの一つに腰掛けた。
 どのベッドにも、きちんと洗濯した白いシーツが、パリッと張られている。腰掛けると、弾力があってちょうどいい硬さだ。シーツの下に、竜の皮を何重にも張ってあるのだろう。
 ヒルもまた、カピタルでは珍しく真っ白に漂白された、長袖の服を着ている。こちらは洗濯のしすぎか、ヨレヨレだ。不精ヒゲといい、フケが飛びそうな髪といい、乱暴に戸棚をガチャガチャ荒らしている――はずはないのだが、そう見える様子といい、ビリー・ヒルはなんだかガサツな印象を受ける。それにしては、この部屋の床に埃一つ落ちていないのがちょっと意外だ。たぶん誰かが、助手として掃除や洗濯をしに来ているのだろう。
 そうして辺りを見回していると、ヒルが銀色の四角い盆に、器具をたっぷり乗せ、こちらを振り返った。
「よし、始めるぞ」