10.‘やつの名’ #8

「こんばんは。お待ちかねの服を持ってきたぞい。――なにか、わしの顔についとるかね?」
 二人は笑って、首を振った。
 これで、決まった。あの明るい、風が吹き渡る場所の名は、バーキン草原。
「なんでもないです。バーキンさん、どうもありがとう」
 ハルが立ち上がり、礼を言って新しい服を受け取った。バーキン老人は言った。
「どういたしまして。ところでウィリアム、服は大丈夫かな? 十四歳といったら、伸び盛りじゃからな。窮屈(きゅうくつ)になってきたら、早く言いいなさい。すぐ作り直してやるから」
「まさか! いくらなんでも、まだ大丈夫です」
 もらってから、まだ十日も経っていない。バーキン老人の気の早さに、ウィルは苦笑いした。
 直してやる、というなら、クルリに齧(かじ)られた手袋を直して欲しい……とは思ったが、それこそまだ十日も経っていないのに、破けましたと言いづらかった。もうちょっと、日が過ぎてから言うことにしよう。
 そのとき、もらった服を数えていたハルが、遠慮がちに言った。
バーキンさん、すみません。あの……服は、これだけ? いつもより、少ないんじゃないかと」
「うん? おお、そうそう、すまんのう」
 バーキン老人はハルに向き直った。
「配給される布地が、ここのところ減ってなあ。これでは数が足りんと文句を言ったんじゃが、今は我慢してくれとハヴェオから通達が来た。今は、ということは、そのうちまた増えるのかの?」
「それ、ネイシャン先生と、何か関係があるんですか」
 ハルの言葉に、ウィルが驚いた。
「ネイシャン? どういうこと」
「あのね、いつ話そうかと思ってたんだけど……実は、おかしなことがあってさ。ウィルが補習している間、僕は先生のテントで寝ていただろう。そのとき、先生のテントに、布地がいっぱい積んであったんだよ。それこそ、カピタルじゅうの人間の服が作れるくらい。先生のテントって、わりと大きいほうなんだけど、布の山で埋もれてて、僕、その上に寝袋を敷いて寝てたくらい」
「へえ!」
 目を丸くしたウィルの横で、バーキン老人は首をかしげた。
「そんな話は、初めて聞いたのう。学校の先生じゃろう? いったい何をする気かな」
 三人とも、見当がつかなかった。
 しかし、バーキン老人が帰っていった後、ウィルもハルも、同じことを考え、言い合った。
 ネイシャンは、何か秘密の仕事をしている。そして、ラタが仕事を手伝っている。――それだけは、間違いない。


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