08.託された遺言 #10

 抗体注入は、ヒルの宣告どおり、丸一日かかった。
 テントに戻り、ハルが作ってくれた夕食もミードも手をつけず、ウィルは寝袋にもぐりこんだ。
 眠たかったわけではない。もうともかく、なんといったらいいか、胃袋いっぱい泥水を飲まされたような強烈な吐き気とだるさで、横になっているしかないのだ。あの太い針を刺された背骨のあたりが、折れるかと思うくらいズキズキと痛む。しかも、こんな状況なのに、マクヴァンを使うことは禁止された。昼間、許容量ぎりぎりのマクヴァンを出したから、夜はどんなに辛くても使ってはいけないとヒルに念を押されていた。
 寝苦しい夜を過ごし、やっと明けがたになって胸のつかえが軽くなり、どれほど眠ったのか――ハルの呼び声で、目が覚めた。
 ハルが、真新しい服を手にして、笑っていた。
「起こして、ごめんね。でも、みんなが来てるんだ」
 布を巻き上げた入り口から、まぶしい光が差し込んでいる。いろんな声が混じりあい、自分を呼んでいるのが聞こえた。ウィルは跳ね起きた。
 テントを飛び出ようとするウィルの裾を、ハルが引っ張った。
「ウィル、寝巻きのままだよ!これを着て!」
 手渡された新品の服は、まだ竜皮の匂いがする。触っただけで、いつももらうものよりずっとしなやかに、丁寧に加工されているのがわかった。
 袖をとおすと、本当にぴったりのサイズだ。縫い目がすべて二重になっている。ボタンも丈夫な太糸で、しっかり縫い付けてある。ズボンをはくと、お尻の部分と、股下から脚の内側にかけて、とくに厚い竜皮で裏打ちされている。以前サムが着ていた服も、そうだった。竜に騎乗するさい、擦(す)れて痛みやすい部分を補強してあるのだ。
 つまりこれは、竜使いの為の騎乗服なのだった。
 外から、催促の声が聞こえてきた。先に外に出たハルが、ちょっと待ってと返事をしている。
 ウィルは、勢いよくテントを出た。
 声のぬし達が、歓声をあげた。

 寝坊よ!とネイシャンが怒鳴った。
 アリータが横で、銃を下げて立っている。
 バーキン老人が新しい手袋を得意げに掲げた。
 ニッガは大きな皮袋を下に置き、静かに笑っている。
 驚いたことに、レオン・セルゲイまで、いた。