10.‘やつの名’ #1

イメージ 1「……で、どんな格好だったの、‘やつ'は?」
 夕食が終わり、片付けたテーブルの真中にランプを置き、ハルは興味津々(しんしん)で訊ねた。
「さっき言ったとおりさ。鼻が突き出た――」
「それは聞いたよ。でも、もっと何かあるだろ。色はなんだとか、大きさはこれくらいとか、尻尾がどんなふうとか。僕、‘やつ'が二本足か四本足か、それとももっと違うのかすら聞いてないんだけど」
「そうだっけ?」
 そういえばそうだ。というか、言っていないのじゃなく、そこまで見ていなかった。今思い返してみれば、‘やつ'のあの瞳と突き出た鼻と耳しか、まともに見てはいなかった。
「あんまり覚えていないんだ。ふっと正面を向いたら、いきなりいるだろう、ちょっとパニックになってさ。情けないけど」
 あのときは冷静なつもりでいたけれど、今思い返すと、やはり頭に血が上っていた。銃を構えたところまではいいとしても、アリータがくれた耳栓をすっかり忘れていたのだから。エヴィーの耳は、開きっぱなしだったのだ。
 ハルが、慰めるように言った。
「むやみに逃げたり、脅かしたりしなかっただけ偉いよ。どうなってたか、わからないもの」
「うん、俺もそう思う」
 うなずいたウィルに、ハルはにやりとした。
「本当はあの銃、使ってみたかったんじゃない?」
「そりゃ、使ってみたいさ。いつかは使うさ、必ず。でも、今日はやめておいたほうが良かったと思う」
「そう」
 ハルは屈託なく笑ったが、ウィルの顔は晴れなかった。
 今日の探索は、上々のできだった。‘やつ'に遭うまではエヴィーとの呼吸もぴたりと合っていたし、ダッシュの合図もこなせた。なにより、あんな獣に遭って無事に帰ってこれただけで成功だ。
 しかし、ウィルは途方に暮れていた。
 ‘やつ'に会ってふいに感じた、あの森のよそよそしさが、肌に焼きついていた。怖いわけではない、けれど、明日からまたあの世界に入っていくのが、正直なところ苦痛だった。
「どうしたのさ」
 ハルが、首をかしげた。「なんか、暗くない?」
 言いながら、ランプの調整ネジをぐいと回した。灯がボッとはじけ、部屋が五割増し明るくなる。
「よせよ、ガラスが焦げるだろう」
「ウィルが明るく喋ってくれたらね」
 ハルは調整ネジをぐりぐり回した。灯が手品のように、細くなったり太くなったりする。ウィルは思わず笑いだした。
「わかった、わかった。話すよ!」
 やっとネジから手を離したハルに、ウィルは自分が感じたままを話した。知らないものに囲まれるということが、どれほど心細いものなのか。そして自分が、森から拒絶されたような気がしたんだ、という気持ちを。