09.遭遇 #7

 ブブブブブ、という不気味なその音が、みるみる大きくなる。と同時に、物体からなにか小さな点の群が、溢れ出てくる。黒と黄色が交じり合うその点は、ひとつひとつが激しく振動し、やがて十、二十と物体を離れ、こちらへと――

 ――虫の大群だ。

 わかった瞬間、ウィルは背を向け、力いっぱい駆けだした。エヴィーの方へ。
 虫がどれくらい危険なものなのか、ウィルは知らない。
 けれど、直感が告げている。マズい。相当マズい。あの大群に捕まったら、生きて帰れないかも――。
 すぐ後ろから、例の不気味な音が付いて来る。振り返らなくても、わかる。自分は追いかけられている。
「エヴィー!」
 全力疾走しながら、叫んだ。遠くでのんびり草を食んでいたエヴィーが、こちらに首を向ける。だが、動かない。
 ポケットを探る。急げ、早く!
 ホイッスルを引っ張り出す。くわえ、吹き鳴らした――ヒョウ、ヒョウ!
 エヴィーが反応した。
 こちらに向かい駆けてくる。やけに遅く感じる。頼む、エヴィー、間に合って!
 この切羽詰った状況で、いつものようにエヴィーを止めてその背にまたがる余裕は、ない。やったことがなくとも、やってみるしかない。ウィルはホイッスルをくわえたまま、追いついてきたエヴィーに並走した。ちょうど二人の速度は同じ。鞍に手をかけ、タイミングをはかる。
 ぐっと一歩踏んばり、おもいきりジャンプする。走りながらエヴィーの背に飛び乗った。エヴィーが一瞬、速度を落とす。間髪いれず鐙(あぶみ)を鳴らした。止まってはいけない!
 鞍に吊るした銃を手に取る。ツルツル滑る。手のひらが汗びっしょりだ。上着で手を拭った。
 振り返ると、虫の大群は竜を呑み込むほどに膨れ上がり、今にも覆いかぶさって来そうだ。ウィルは頭をフル回転させた。銃を構えたはいいが、虫を音で追い払えるだろうか?だいいち、虫に耳があるんだろうか? 今、やるべきことは、銃を使うことじゃなくて・・・。
 銃を戻す。
 くわえたままのホイッスルに、意識を集中する。
 エヴィー、この合図、わかってくれよ――

 ピイィ! ありったけの音量で、甲高く吹き鳴らした。