08.託された遺言 #12

「僕、わかった」
 ハルが笑った。「答えてもいい?」
 一同がうなずいたので、ハルはエヴィーを指差した。
「耳栓だよ――エヴィーの。だよね?」
 そうして、テントの横で控えていたエヴィーの手綱をとり、連れてきてくれた。
 エヴィーに頭を下げさせ、ウィルが受け取った耳栓をはめてみることにした。エヴィーの人懐こい目の後ろにある、すこし垂れぎみの耳鰭(ひれ)を持ち上げると、暗い耳穴が見える。エヴィーの耳穴にはちょっと大きい……かと思ったが、弾力がある竜皮は、ぎゅっとねじ込むとちょうど良く収まった。エヴィーも、抵抗しない。いい感じだ。
 ハルが、エヴィーの首を撫でた。
「よーし、いい子だ。うまくいったね」
「あたり前よ」
 アリータは胸を反らした。が、横からネイシャンに小突かれ、にやっと笑って言った。
「……なーんてね。実は、ネイシャンに言われたの。パルヴィスのそばで、音が鳴る弾なんか使えないって。その耳栓、ラタを拝み倒して、急いで縫ってもらったんだ」
 ウィルが耳栓をはずしてやると、エヴィーは澄ました顔で、ぶるぶる首を振った。それから、そばに置かれていたニッガの大荷物に興味を示し、首を伸ばした。
 それまで黙っていたニッガが、袋に手をかけ、言った。
「次は、私の番、だ」
 袋をおもちゃにするエヴィーの首をやさしくどけて、ニッガは荷物の口紐をほどき、中身を取り出した。
 新品の鞍(くら)と鐙(あぶみ)、さらに、スパイク・シューズだ。なめした竜皮に、艶(つや)出しの油がムラなく塗られて、すばらしく光沢がある。今まで使っていたサムのお下がりが急にみすぼらしく見えるほど、完璧な品物だった。
 ニッガとハルに手伝ってもらい、エヴィーに装着した。こちらもぴったりとエヴィーの体に合っている。サムの鞍より一回り小作りで、ウィルの脚にもちょうど良さそうだ。
 バーキン老人が、待ちきれないという声で言った。
「さ、ウィリアム、その新しいブーツも履いて、乗ってみてくれ。わしの新しい服と、ニッガの新しい鞍でさ。新しい竜使いの誕生を、見せておくれ」
 いや、それは……と、ウィルは断わろうとした。こんな新品づくしに身を固めエヴィーに乗るなんて、照れくさくってしようがない。けれど、大人たちとハルに、そうしろと囃(はや)され、ウィルはとうとう、声に押し上げられるようにしてエヴィーに跨(またが)った。
 皆が、一段と大きな歓声を上げた。バーキン老人など、力いっぱい拍手している。
 彼はさらに、ウィルを森まで見送ると言い出した。
「今から行こうじゃないか。全員で。竜使いの門出を祝ってやらにゃ」
 ウィルは慌てて言った。
「いや、結構です、そんな……ここまでで充分です」 
 村の中を、この目立つ格好で、エヴィーと五人もの付き添いをぞろぞろ連れ歩くなんて、それだけは勘弁して欲しい。
 承知しないバーキン老人を、ハルがうまくなだめてくれた。まだ二人とも朝食をとっていないし、荷造りもあるし、ご好意はありがたいけど――というハルの説明で、彼はしぶしぶだがうなずいた。
 それを区切りに、ネイシャンとアリータ、そしてニッガも、腰をあげた。
 今日は仕事の日だ。みな、のんびりしている暇は、ないはずだった。
 ウィルは急いでエヴィーから飛び降り、それぞれに丁寧に御礼を言った。ネイシャンとアリータは、いつものサバサバした口調で、気にしないでと言った。ニッガは黙って微笑み、バーキン老人は見送れないのが残念だと何度も言った。四人は連れだって、帰って行った。
 
 そして、いまだに何をしに来たのか謎の、レオン・セルゲイだけが残った。