35.血の器#7

 ニッガ達が出発した二日後、カピタルの住民達に、コムが配られた。移住グループの代表者が預かって管理する。ルロウの人々にも十数個が貸し出されたらしい。コムとともに「正午になったら全員で通信を聞くように」という指示も配られた。
 そして、正午。
 コムから良いニュースが届いた。パドの軽快な声で。
 抗体を打った者の熱が下がった。みな快方に向かっている。感染者も増えていない――
 共同炊事場で、エマおばさん達と自分のコムに耳を傾けていたウィルは、ハルと歓声を上げた。同時にあちこちから人の声が高く上がった。口笛、笑い声、手を叩く音。遠く離れたルロウの定住区から、ウワッというどよめきが風に乗って聞こえてきた。どよめきは長く続いた。エマおばさんはエプロンで顔を覆い、「良かったねえ、ほんとに良かったよ」と泣きだした。ハルがその背中をさすってやると、エマおばさんはしゃくりあげながら繰り返す「ねえ、だってねえ、そうじゃないか、子どもらが可哀そうだよ、母親だってつらかったろう、ああ良かった……」
 エマおばさんがエプロンでごしごし涙を拭き落ち着いた後、自分達のテントに戻る道々、ハルは大きく息を吸い、両手をうんと突き上げて言った。
「良かったなあ!」
「これで心配は無くなったんだよな。カピタルにある抗体をもっと培養して、全員に注入すれば大丈夫ってことだろ? そうすればもう同じ病気にはかからないんだよな」
「うん、そうだけど、それだけじゃなくて、あっちの人達が助かって良かったな、ってこと。エマおばさんが言ってたことだよ」
「俺、びっくりした。エマおばさんて、結構ルロウのこと悪く言ってたよな。まさかあんなに心配してたなんて」
「当たり前だよ、あんな可哀そうな話を聞いたらさ。これまでのことなんか……」
 ハルは立ち止まった。つられて立ち止まったウィルの顔を、まじまじと見ている。
「ウィル、なんとも思わないの? エマおばさんが泣いた理由、わからないの?」
 わかってると言おうとして、言えなくなった。もちろん、エマおばさんが泣いた『理由』くらいわかっている。……けど、ハルが訊いているのはそういうことじゃない。
「俺、そんな変なこと言ったか?」
 沈黙に嫌気がさして、そう言い返した。ハルは目を反らし、ううんと首を振った。
「ごめん、僕だって、エマおばさんほどの気持ちにはなれないよ。子どもを持った人と同じ気持ちには。ただ、なんとなくはわかるから、ウィルはわからないのかな、と思ってさ……」
 なんと返事をしていいかわからない。頭の片隅で、面倒だな、という小さな声がした。人の気持ちがわからないのか、なんて訊かれると、なんだかラタと喋っている気がする。
 そのときコムからまた通信が入った。スイッチをひねる。