35.血の器#8

「ウィリアムだな? 話がある。ガランの家に来てくれ」
 ハルと二人、顔を見合わせた。響いてきたのはビリー・ヒルの声だったのだ。なんで彼からガランの家に呼び出されるのか、見当も付かない。理由を訊き返す前に、通信は切れた。
 ハルと別れガランの家に向かった。円卓の間には、ガランとビリー・ヒルが待っていた。
「なんでしょうか」
 尋ねながら、またガランの顔色が黒くなったとウィルは感じた。正面のガランは椅子に体を沈め、全身に根が生え床に植わっているようにすら見えた。
「さっきの通信は聞いているな? 抗体の件だ」
 かたわらに立つビリー・ヒルが答えた。
「こちらから持参した抗体が功を奏したということは、例の感染症に効く抗体は、ルロウには無い、つまりカピタルだけにあるユニークな抗体だ。ついさっき、調査結果が出た。こちらにしかないユニーク抗体は一種類だけだった。その保持者も一人だけだ。協力が欲しい」
「協力って、ストックが足りないんですか。足りないなら培養すれば」
「一千人分のストックは、早急にルロウの移住民に使わなければならないからな、培養が追いつかないんだ。生きている人間から抗体アンプルを採取するのは異例中の異例だ――首都を出発した最初の人々だけに行われた施術だが――今だけはそうも言ってられない」
 話をたたみ掛けられ、ぼんやりうなずくしかなかった。かろうじて訊きかえした。
「えーと、で、俺に話というのは」
「実は……サムソン氏のものだった。ユニーク抗体の保持者は、サムソン・リロード氏だ」
 サムソンという言葉にウィルはぽかんとした。一瞬、誰のことを言っているのかわからなかった。
「彼の抗体を受け継いでいるはずの、いや、受け継いでいるかもしれない君の、協力が要る。まずは君の型をもう一度調べる。その、ただ一種類のユニーク抗体を君が保持しているかどうか。している確率は50%だ。もし、君の血の中になければ……」
 ビリー・ヒルはそこで言葉を切った。言っていいのかというふうに、ガランを見返る。ガランがうなずくのを見届け、続けた。
「六千人分のストックが整うまで、数年かかる。そのときを待たずに同じ感染症がまた発生したならば、サムソンの抗体は奪い合いになるだろう。生き死にが掛かった奪い合いだ。穏やかでは済まないだろうな」
 一方的に喋られ、頭がふらふらする。「さあ、こっちだ」とガランの個室へ続く扉を開けられても、足が動かない。今から何をされるのか。抗体注入がどんなものかは知っているけれど、抗体採取だって? 死んだ人間からしかしない異例中の異例のことだって?
 それまで黙っていたガランが、ゆっくり口を開いた。
「ウィリアム、頼む。まずは調べてみなければなんとも言えないが――君にしかできない使命だ。君に、全ての人の安全が掛かっている」