36.地図#1

 全速で走り着いたビリー・ヒルの家の扉は、閉まっていた。
 閂(かんぬき)は掛かっていない。押し開け飛び込む。家の中は真っ暗だ。人の気配は無い。本当にいないのか?
 ウィルは壁を伝い、戸棚を開けて中を探った。他人の家だという意識は頭から飛んでいる。手に触れたガラスの感触、ほっそりと丸いランプの火屋(ほや)。着火薬の小箱も置いてあるはずと手を泳がせ、見つけた。火を点ける。
 ぽっと燈った明かりで照らされた部屋には、やはり誰もいなかった。並んだベッドに掛けられたシーツは、どれもピンと張っている。ここには来なかったのか。奥にビリー・ヒルの私室へ続くらしい扉があった。ためらいなく開けた。暗がりにランプを突き出し、部屋を眺め回す。空っぽだ。
 空っぽの暗がり、シンとした無人の家、なのに頭にドクドクと血が集まり続けている。どこにいるんだ、どこに行けば会える?
 ベッドのひとつに腰掛け、長いこと待った。頭がジンジンしてきた。しまいには締め付けられるように痛んできた。両手で額を覆う。早く帰ってきて欲しい。俺の考えてることが当たってるのかどうか聞きたい、いいや否定してほしい、なにを馬鹿なことを笑い飛ばしてほしい、早く!
 ランプの火が、ボッと弾け消えた。
 油切れだ。こんなときに。部屋は真っ暗になった。自分の手も見えない。
 のろのろと外へ出た。夜になって雲が増えたのか、外も塗りつぶしたように黒い。玄関の階段に腰を降ろした。ビリー・ヒルが帰ってくるまで、ここを動かない。そう決めていた。
 と、南の方、自分のテントの方角に灯りが見えた。近づいてくる。
 人がランプを持って歩いているにしては、妙に揺れが大きいような。ゆっくり姿を現した人物を見て、なぜかわかった。レオン・セルゲイが、右手にランプを掲げ左手で杖を突き、疲れた足どりでこちらに歩いて来たのだった。
「ここにいたか」
 セルゲイはウィルの真正面まで来て、言った。
「先にお前のテントに行ったのだが。ラタから話は聞いた。ここだろうと見当を付けて来た。……ああ、彼女は心配いらんと言って帰しておいたぞ」
「聞きたいことがあります」
 立ち上がったウィルに、セルゲイは短く答えた。
「話してやろう」