36.地図#2

 二人で部屋に戻り、セルゲイはランプを床に置き、ウィルをベッドに座らせた。その正面に椅子を据えて腰掛け、まずこう言った。
「抗体はハルミが受け継いだ。この意味がわかるな?」
 話は簡潔だった。セルゲイは事実だけを誰の感情も交えずに語った。
 サムソン・リロードに息子が生まれた。その日のうちに赤ん坊の母親は死んだ。三日後、赤ん坊の抗体クラスがトニー・ヒル氏から告げられた。クラスE。
 そのさいトニー・ヒル氏はあることを付け足した。二日前、つまり赤ん坊が生まれた翌日、出産してすぐ逝った母親がいる。父親も既に死んでいる。両親を失くした赤ん坊はマリー・ペドロスが預かっている。抗体クラスAの男の子。
 サムは翌日、マリーに自分の赤ん坊を預けた。竜使いの任務に就きながら母親の役はこなせないからだ。子どもが歩けるまで成長したら引き取るという約束で。彼はそのさい、マリーに申し込んだ。時が来たら、もうひとりの男の子も一緒に引き取りたい、二人とも自分の息子として育てたい。名前は、この子がハルミ・ブラッサム、その子がウィリアム・リロード。
 二人の赤ん坊のどちらがどちらかということを、間違いなく知っている人物は限られていた。サムソン、トニー・ヒル、マリー・ペドロス、そして妻を失い喪に服していたサムが唯一面会を許した相手、それゆえサムの赤ん坊の顔を見知っていたセルゲイ。もう一人、母親達の出産を援(たす)けた女性も知っていたが、彼女は十年以上前に亡くなっている。
「今回の件で、ガランとグレズリーには事実を話した。必要なことだからな。今、お前達親子の関係を正しく知っている人間は五人いる。ガラン、グレズリー、ビリー、マリー、そしてわしだ。口の固い者ばかりだ。話が漏れる心配は無い。お前はこれまでどおり、サムソンの息子として生きてゆけ」
 これまでどおり、生きてゆけ。
 どうやって? 最初にその問いが頭に浮かんだ。ああそうか、村のみんなは知らないんだもんな。今までどおり俺はリロードで、ハルはブラッサムで、呼び方は変わらないんだもんな。――そういう話なのか? だって知ってるんだろう、肝心の――
「ハルは……知って?」
 当然という顔でセルゲイはうなずいた。そうだ、当然だ。
「どこで抗体採取を受けているかは言えん。お前が平静になるまでは。ハルミも混乱しているだろう。しばらくは会うな」
 会いたくはない。ずっと会わなくて済むならそれでも、とすら思う。
 ウィルは視線を泳がせた。事実はこうだった、信頼できる者しか知らない、ハルと無理に会わなくていい、今までどおり生きてゆけ。わかった。よくわかった。それだけでいいのか。よくない、気が、する。
「父さん……あの人が、俺とハルを取り替えたのは……どういう意味ですか」