36.地図#3

「今までどおりだ、ウィリアム。父さんと呼べばいい」
 セルゲイは間髪いれず返した。
「取り替えたんじゃない、二人とも息子にしたのだ」
 だが納得しないウィリアム目付きを見取り、やがて頭を掻いた。
「うむ……まあ確かに、お前達にしてみれば取り替えたようにしか……よし、話そう。実はわしも反対したのだ。お前達が成長すれば顔付きでわかってしまうかもしれん。第一、騎乗試験のときにわかってしまう、そうなったら二人に残酷すぎるとな。だがサムは頑固だった。ハルミは母親似だから大丈夫だと言い、騎乗試験ではお前もハルミもパスするはずだと言った。竜使いの息子だと信じている子どもと、竜使いの血を引く息子、両方が竜使いとして生きてゆけると言い張った。わしは、人間は誤魔化せても竜は騙せない、二人とも失敗すると反対した。それでも彼は決断を曲げなかった……わしはずっと、お前達の十四の誕生日を恐れていたが……結局、サムの言ったとおりになったな。お前に関しては。知らせを聞いたときは驚いた。わしはひとりで、でかしたと声を上げて笑ったぞ。嬉しかったぞ。今だから言うが」
 セルゲイはそこでいったん言葉を切り、じっとウィルの顔付きを見守ってさらに続けた。
「わしとて、サムの全ての考えを知っているわけではない。もっと深い考えがあったかもしれない。ただ、お前を利用しようとしたんじゃない、それだけは確かにわかる。彼はお前達二人とも心底から可愛く思っていた、二人とも竜使いにしたかったのだ。ウィリアム、サムのこころを疑うなよ。迷うんじゃない」
 疑う? あの人のこころを疑う? 俺を利用しようとしたんじゃないって?
 それは皮肉な現象だった。ウィルのなかで漠然と漂っていた掴みどころのない疑惑が、セルゲイの言葉を支えに縒り合わさってゆく。思い出す。自分とハルに向けられてきた、サムのあらゆる目付き、しぐさ、言葉たち。今はそのどれもが自分をすり抜けて違うひとりの元へ向かっていたと感じる。疑惑はついに一本の柱になって立ち上がった。ウィルも立ち上がった。口を開く。声は震えていた。
「嘘だ」
 こちらを見上げるセルゲイの顔が固まっている。そうだ、その顔に書いてあるじゃないか。あんたが言っていることは嘘だ。
「あの人は俺を利用したんだ。自分の息子が楽に生きられるように、俺を利用したんだ。竜使いの息子が欲しかっただけで俺が欲しかったわけじゃないんだ、俺を可愛がる振りをしてハルを可愛がってただけだ、俺は、俺は、」
 誰かが上手いこと言っていた、こういうことを、そうだ俺は、
「俺はおこぼれだったんだ。あに人にとって、ハルの――」
「ウィリアム!」
 セルゲイの拳が飛んだ。ウィルはベッドに殴り倒された。
「やめんか! 冷静になれ!」
「なれるもんか!」
 跳ね起きる。頬が熱い。知るもんか!
 セルゲイが何か言った。知るもんか。扉に体当たりし、外に飛び出す。自分のテントに向かい走った。誰もいないテントへ。ひとりになりたい。眠りたい。マクヴァンを飲んで眠りたい。なにも考えずに眠りたいと思った。