36.地図#6

「では、いったん地図を預からせてもらうよ。明日の夕方には新しい物を渡そう」
 ガランの言葉に、パドがうなずき丸めた地図を差し出した。シン、レイリーも自分の地図を押しやる。「それもだ」とパドに促されてウィルは戸惑った。
「新しい物って?」
「おいおい、聞いてなかったのか。四つを合わせて新しい地図を作るってことじゃねえか」
「いい考えがある」
 ファリウスが、ウィルの地図に整然と空けられた錐穴を指差して言った。
「この座標点に名前を付けよう。名前をはっきり呼べる場所を森じゅうに配置しよう。そうすれば、コムで連絡を取り合い森のどこででも待ち合わせることができる。画期的なことだ。ガラン殿、地図は合わせるだけでは駄目だ。彼らだけでなく私達の分も複製しよう。いや、できるだけ多いほうがいい、みなの分も」
 ガランがうなずく。ウィルは黙っていられなくなった。自分の地図を掴み、遮った。
「待ってください。俺は自分の地図でいいです。別に……」
 言いかけて詰まった。
 ファリウスも三人の竜使いも、なにを言ってるんだという顔でこっちを見ている。そうだ、断る理由はなにも無い。四つを合わせれば、森の大部分が一枚の地図のもとに姿を現す。同じ地図を全員で持って、ファリウスが言うような使い方をすれば、どれだけ頼もしいことか。理屈はわかる、けれど――
 レイリーがぷっと唇を突き出した。
「なーに意地張ってるの? もう終わったんでしょ、敵だとかなんだとかって話は。そんなこと気にしなくたっていいじゃない?」
「そういうことじゃない、そういうことを言ってるんじゃ、」
 ファリウスは困惑顔だ。シンは眉を寄せ、パドは頭を掻いている。ファリウスはともかく、あんた達にはわかんないのか、同じ竜使いなのに? この気持ち、誰にもわからないものなのか?
 そのときガランが口を開いた。
「ウィリアム、君にとって、その地図はただの『物』ではないのだろう。写し終わったら返す。必ず返そう。それなら、いいかね?」
「……はい」
 ほっと空気が動く。渡した地図を手に、ガランは「大事に扱うよ」と呟いた。
 ファリウスを残し、四人の竜使いは部屋から退出した。
 明るい光の下、自分のテントに向かいのろのろ歩いていると、後ろからパドに呼び止められた。またなにか茶化されるのかとうんざり振り返ったウィルに、彼は意外なほど真剣な目付きで丸い顔をくいと傾けて言った。
「おい、大丈夫かよ? どうしたその顔? 食い物もあてがわれずにいじけたまま死んだ奴みたいだぜ」
「……そんな奴、見たことあるのか?」
 さすがに驚き尋ね返すと、パドは「あるわけねえだろ」と笑った。
「もしいたらそういう顔かな、と思っただけだ。なにかあったか? お兄さんに話してみろ」
 おじさんの間違いだろ、と言い返す気も起きない。
 ルロウの移住区へ抗体を届けに行く日、ロックに指示できないウィルの不安を妙な感の鋭さで見破った男だ。下手な態度は見透かされそうだった。ウィルは「別に、ちょっと寝不足なんだ」と下を向いた。パドは、ふーんと唸って「んじゃ、よく寝とけよ。明後日からは忙しくなるぜ」と言い置き自分の村へ帰って行った。
 寝不足は本当だった。テントじゅう探してもマクヴァンが見当たらなかったのだ。きらしているのかもしれない。ビリー・ヒルに分けてくれと言っても駄目だろうとあきらめた。帰ったら寝よう。なぜか、明るい昼のほうが、うとうととでも、夜よりはずっと楽に眠れる日が続いていた。