25.新しき人々#1

 満月の夜は不気味なほど静かだった。
 ウィルとハルは自分達のテントで息を殺すようにして一夜を過ごした。村中の人間がそうしている気配を感じた。
 村の東はずれ――レオン・セルゲイのテント向こう――に布陣したという例の共同体の気配はしなかった。自分達の五倍近い人間達と竜がいるはずなのに。
 翌日、村の人間達が夜明けとともに起きだし、みな東に向かって歩いて行く物音がした。それでも二人はテントに留まった。ガランから正式に呼び出しが掛かるまで、外出しないようにとハルが伝言を受けていた。じりじりと待ち正午にさしかかった頃、ついに使いの者が来た。
 伝言を持ってきたのはネイシャンだった。二人を促し、すっかり空っぽになりシンとしたテントの群れの中を歩きながら、こう言った。
「ハルから事情は聞いてるわね? 今から言うことは、リーダーの命令よ。忘れずに覚えてなさい。一つ目、こちらから話し掛けてはいけない。二つ目、相手が何を言おうと、うなずいたり首を振ったりしてはいけない。三つ目、ガランが許可した場所以外で彼らと接触してはいけない」
 本当にガランがそう言ったのかと疑いたくなるほど、厳しい命令だった。気が引き締まる。黙ってうなずいたウィルの横から、ハルが言った。
「まるで敵同士みたいですね」
 ネイシャンは声を低く落とした。
「敵か……確かに、今の段階では味方とは思えないやりかたよね。でもガランの気持ちは違うわ。彼らを敵に回す気は無いと思う。私にはわかる」
「どうして」
 顔を見合わせた二人に、ネイシャンは空を指差した。
「気球よ! 覚えてる? 彼らは、地平線すれすれに見えた気球を目指してここにたどり着いたの。ものすごく目のいい人が、彼らの中にいるらしわ。あの気球の派手な色は、ガランの指示で染めたのよ。ガランは初めからこうなることを期待してたんだわ」
 ネイシャンは、『彼ら』の共同体の名前を教えてくれた。ルロウ、という名だった。
 東外れに付いた。カピタルじゅうの人間が柵のそばに固まり、向こう側が見えない。新月祭より人が多いのに、辺りは静かだった。けれど虫の群が飛び回るようなうねる音がした。隣の者と囁きあう村人たちの声の群。誰も、遅れて来たウィル達に気付かない。
「どいて! ウィルを連れて来たのよ」
 ネイシャンが声を上げると、一斉に皆が振り向いた。人ごみが別れ細い道ができ、その先に派手な色布を繋ぎ合わせた、新しいテントが見えた。さらにその向こうに、茶色のくたびれたテントが幾つも見える。
 派手なテントの傍らに立っていたハヴェオが、険しい顔で手招きした。
 顔も見たくないと思っていたのに、その気持ちはどこかへ行ってしまった。ハヴェオの顔付きも違っていた。村人の誰もかもが違っていた。数日前の険悪さが嘘のようだ。みな、「同じカピタル人」だという顔付きをしている。