26.ポールの行方#7

 ソディックは直立したまま、視線を天井の端から床の隅までまんべんなく送っている。一度だけくるっと反対を振り返り、「ふむ」とまた元の姿勢に戻った。
「壁に描かれた青い枠が、扉。正面に立つと開いて、部屋に続いているんです」
 説明し、手前の扉に歩み寄ろうとしたその時、閉まっていなかった入り口の向こうから凄い吼え声が聞こえてきた。ロックだ。なんだかんだいいつつ深い付き合いになった今、ウィルにはわかる。まずい。あの声、拗(す)ねてるぞ。 
 待っててくださいと言い置き外に出る。柵の隙間から暴れる竜の尾が見えた。ロックの頭は黒塗りの金属門に向こうに隠れて見えない。と、ウォーと雄叫びが響いた次の瞬間、ドォンッと凄い音と衝撃が辺りに走った。ロックが門に体当たりしたのだ。ドォン、ドォンとやみくもに繰り返す。門柱と柵がビリビリ震えている。さすがロック――なんて感心してる場合じゃない、止めないと!
「ローック! やめ! 門が壊れる!……じゃなくて、お前が怪我するだろ!」
 急いで柵によじ登り、外側に降りる。ロックの背に飛び乗る。ぐうっと体を引き渾身の一撃を準備しだした竜の耳鰭(ひれ)を掴み上げ、怒鳴った。「止めろってば! わかった、すぐ戻って来るから、今夜はお前と一緒に寝るから!」
 ロックは聴かなかった。門に向かい突進した。もうだめだ、と思ったそのとき、開かずの門が左右に割れた。ぶつかりどころが無くなったロックはウィルを乗せたまま前につんのめり、ドドゥッと地響きをたて敷地の中に倒れ込んだ。
 地面に放り出されごろごろ転がったウィルの鼻先に、ソディックの靴があった。見上げると、にこりともせずこちらを見下ろし彼は言った。
「開閉ボタンはここ」
 泥をはたき落としながら立ち上がり見ると、門柱の一部がぱっくり割れ、ボタンが二つ並んでいる。
 ボタンといっても、丸が平たく描いてあるだけだ。白の丸と、黒の丸。「外側にもあるはず」と言われ反対側にまわると、確かに四角い枠が門柱に描いてある。「手を正面にかざす」とソディックの声が飛んできた。手をかざすと、なるほど枠が落とし窓のように開き、ボタンが二つ現れた。黒のボタンを押す。門がゆっくりと音もたてずに閉まった。
 閉まったとたんロックが低く唸りだしたので、ウィルは慌てて門を開け、敷地に戻った。鼻をブカブカ鳴らすロックにぼやいた。
「もう、なんで待てないんだよ、お前は……エヴィーはいつだって、ちゃんと大人しく待ってるぞ……」
 凶暴な竜だと思っていたが、ひょっとして甘えん坊なだけか?
 手綱を柵にくくりつけ、なだめてすかしてなんとかロックを引き離し、建物に戻った。ソディックの姿が見えない。どこかの部屋に入ったのだろうか。
 手前から順番に扉を開け、ソディックを探した。彼は四番目の扉の向こうにいた。中を覗き、ウィルは思わず声を上げた。
「あ、開いてる!――どうやったんですか!?」
 部屋じゅうの壁一面が開いていた。緑色の枠で縁取られた何十もの大小の棚。どの棚にも物が溢れんばかりに詰まっている。振り返ったソディックは「こうやった」と言い、手近な一枠の前で手のひらをかざした。スッと壁が現われ、棚が閉じる。もう一度かざすとまた開いた。そういうことだったのか。