27.始動#14

 それから数日間、シーサの調教がてらニッガの林とバーキン草原をぐるぐる巡る日が続いた。
 シーサは気力だけは満々だが、体力はまだまだ不充分だとわかった。素晴らしい速さで駆け続けたかと思えば、急にストンと座り込んで半日動かなかったりした。バルワ大河の北へ進むには、もう少し成長を待たないと。森の奥でストンと座り込まれたら、そこをカリフにでも襲われたら、ひとたまりもない。
 マカフィたちは境界線の見張りに戻り、森はまた静けさに覆われた。ルロウの人間も見掛けなかった。バルワ大河の下流に向かえば簡単に見つかるだろうが、ウィルはそうしなかった。会ったところで話が通じる相手じゃなし。あいつらのことは考えないでおこう。考えて良くなることじゃなし。
 毎朝、ソディックからもらったシールド・ポール探知機をチェックする。森の南半分の円周上に輝く四つの光点、その中でひときわ大きく輝く白い点。ルロウのことを考えるのは、そのときだけだった。
「どう、動いてる?」
 朝の日課のたび、ハルは尋ねてきた。首を振ったウィルに、ハルは眉を寄せて言った。
「ウィル、朝しか見てないけど、大丈夫なの? もし動き出したら……」
「動かないだろ。ルロウが着いてからまだニ月たってないんだぜ。森はそんなにあまくない」
 自分が森の西端に到達するまで、半年掛かった。それを簡単に追い越せるとは思えない。追い越されてたまるもんか。
 ハルは首を傾けた。
「でも彼らは地図を持っているし……ポールを奪った竜使いは『休憩所』に行けたんだ、油断しないほうがいいんじゃない?」
 わかってるよ、と返事し、ウィルはポール探知機をポケットに突っ込んだ。
 シーサと森を探索する間じゅう、探知機はポケットの中にあった。けれど一度も出して確認しなかった。見ればルロウのことを思い出す、思い出し黒い怒りが込み上げてくる、それに――いや、こっちの気持ちのほうが強いような――ハルに言われたから確認するってのが、なんだか癪に障る。森のことも、竜使いのことも、一番よくわかってるのは俺だ、俺が判断するんだ。
 そんなこんなでシーサの調教も順調に過ぎ、明日からロックに乗り換えようと考えながら帰った夕方。テントに戻ると、ハルはエヴィーの小屋の掃除をしていた。窓から顔を出し、お帰り、と手を振った。
「シーサもお帰り。ごらん、綺麗になったろう」
 初騎乗の日いらい、シーサはエヴィーの小屋で寝起きしている。見ると干草も新しくなっていた。あいかわらず、竜のこととなるとハルは手を抜かない。
 シーサの手綱を小屋の柱につなぎながら、ハルは尋ねた。
「どう? 今日も動かなかった?」
 ポール探知機の光点のことだ。うん、まあなと生返事したウィルに、ハルは念のため見てみようと言い出した。
「大丈夫だろ。大丈夫だったんだから。たぶん……」
 朝、大丈夫だっただけだ。昼間は一度も確認していない。自信の無さが言葉の最後に出た。ハルの目が険しくなった。昼間ちゃんと確認したのかと問い詰められ、今日は見てない、忘れてたとウィルは白状した。白状というより、半分本当で半分嘘だ。
 ハルにしつこく急っつかれ、ウィルは渋々ポケットから探知機を引っ張り出した。「大丈夫だって、俺はそう思うぞ」と言いながら、探知機のスイッチをひねる。ハルと二人、パネルを覗き込んだ。
 色違いの光点が点滅している。五つ。
 白い点は無かった。代わりに紫の光点が、ルロウの位置にあった。新しい光点、五つ目の緑の光点が、ぽつんと離れて点滅していた。
 ハルが目を上げる。何も言わなかった。
 ありがたかった。今は、しまったとか油断したとか俺が悪かったとか、そんなこと言ってる場合じゃない。
「ハル、泊り駆けの荷物をまとめてくれ。ロックを連れてくる!」
 ウィルは小屋を飛び出した。ロックの柵がある東区へ駆ける。奴が動き出した。奴を追いかける。ポールは俺が埋めるんだ。追い越されてたまるか!

イメージ 1「Capital Forest」 -始動- 完話>>>次章 -スタミナ比べ-