39.作動せず#14

 パドは鍋を降ろし、真面目な顔で言った。
「俺は話してもかまわんが……聞かないでおけ。それは俺の答えなんだ」
 そんな、と口を開きかけたウィルをパドは遮った。
「こういうこたぁ、他人のやりかたを聞きかじってろくに考えもしねえで真似すると、よけい遠回りしちまうんじゃねえかな。なんとなくだけどよ、俺はそう思うぞ」
「さあ、休もう。明日は早く立つぞ」
 シンが言って、ライトの明かりを最小にし、濃い火屋をかぶせた。遠くまで届いていた光がふっと小さく縮む。大木から数歩離れた位置にめいめい座っている三頭のパルヴィス、その頭だけが光の輪の端にかろうじて入っている。シンは暗いほうが眠れるといって、自分の竜のそばへ場所を移した。
 毛布を腹に掛け、ひときわ大きな根を枕に横になろうとしたウィルの頭に、ゴツンとパドの頭が当たった。「痛ってぇなあ、この石頭」と悪態をつくパドに、ウィルは囁いて尋ねた。
「なあ、その……二度と乗れないってこともあるのか。落ちたら、その瞬間から、そいつはもう竜使いじゃないってことか。さっきの話だと」
 湿地帯に充満するグワグワ声で聞き取れなかったのか、パドは「あ? もう一回」とその丸い顔をおもいきり寄せてきた。ウィルが質問を繰り返すと、彼は顔を引っ込め、ごろんと仰向けに横になり、うーんと唸った。それから耳を貸せというふうにウィルを手招きし、こう言った
「二度と乗れないまま死んでいった奴も確かにいた。……けどなあ、どうだろうな。落ちた瞬間からそいつは竜使いじゃなくなる、だから二度と乗せないだなんて、そんなケツの穴が小せえ生き物には思えねえぞ。俺には」 
 パドは首を右に傾けた。視線の先にはロックダムの頭があった。目を閉じ耳ひれを伏せ、ゆっくり上下に首を振って眠っている。ロックに首を向けたまま彼は目を閉じ、毛布をあごまで引っ張り上げた。そうして口だけを動かし、言った。
「小僧、『竜使い』になった奴がパルヴィスに乗れるんじゃない。パルヴィスに乗る奴を『竜使い』と呼ぶんだ。呼び名は後から付いてくる……死ぬまで、乗れるか、乗れねえか、試し続けるってことが、俺たちの毎日なんじゃねえかな……がんばれよ」

 翌日は夜明け前に出発した。
 それぞれの竜の首にライトを吊るし、暗い林を駆ける。シンが先頭、パドの後ろにウィルが座って中を取り、シーサがロックの尾を追うように付いて走る。やがて薄い霧がたちこめるなか、朝陽が昇った。霧が晴れすっかり林が明るくなった頃、三頭は白い道に復帰した。
 短い休憩の後、三頭はまた一列に連なって、南に向かい道をひた走った。こんどはシーサが中に入った。二人を乗せたロックを引き離しすぎないよう、シンの純血は速度を控えている。その後ろにぴったり付いたシーサはものたりないのか、やたらジグザグの荒れた走り方をする。シーサに数十リールの遅れをとってロックが悠々と駆ける。
 こんなときになんだけど、ちょっぴり心が躍る――チームを組んで走るってこういうことなのかな、とウィルは思った。