41.惑いの底#1

 ウィルが自分のテントに帰り着いたのは、真夜中すぎだった。体はくたくたに疲れているのに、興奮で頭が冴えて眠れない。ひとりテントで寝転んでいるのが苦しくて、エヴィーの小屋に向かった。
 細く扉を開けすべりこむと、シーサは遊び疲れた子どものようにぐっすり眠っている。驚いたことに、エヴィーは静かに目を開け、起きていた。その鼻先に座り、エヴィーの首を抱くようにして、ウィルは昨日の昼からの出来事を思い返した。
 
 空に浮かぶ奇妙な半球体を指さし、「あれは、まさか休憩所? にしても、大きすぎる」と声を上げたウィルに、シンは「違う。おそらくは――『船』だ」と答え、自分の竜に飛び乗ると、「先に行く」と言い置き全速で南に走り去った。
「あれが――お早いお着きだぜ。いや、そうでもないか。もう間が無いんだったな――小僧、休憩所に着いたら教えてやる。ともかく今は走るぞ」
 パドはそう言い、こちらも全速で駆け出した。シーサはシンの竜を追い、姿を消してしまった。
 夕刻前に休憩所に着いた。シンが言ったとおり、休憩所は三日前と変わらずそこにあった。門の前にシンの純血とシーサが並び、かたわらにはレイリーが控えていた。ウィルを見つけバタバタ手を振り、パドがロックを横付けするのももどかしそうに、口を開いた。
「早く、二階に上がって。今から再生するって」
「なにを?」
 下に降り問い返したウィルの手を掴み、休憩所の中にどんどん連れ込みながら、レイリーは早口でまくしたてた。
「ガランとファリウスの最後の会話を記録したやつ! あたし達は二日前の晩みんなで見たから、見てないのはあんただけよ。あっそうだ、途中で休憩が入るから、そしたら出てきて。見るのは前半分でいいからね!」
「ちょっと待った、それより空に――」
 ウィルの言葉は無視され、背中を突き飛ばされるようにして、ドーム天井の部屋に押し込まれた。見渡せば、五十人ほどが壁づたいにぐるりと座り、こちらに注目していた。カピタルの長老達の姿もある。
 きまりの悪い思いをしていると、「早く座って」と横から出し抜けにソディックの声がした。例のレンズが並んだ機械に手を掛け、眼鏡の奥からこちらを睨んでいる。今まで見たことのない、あからさまに不機嫌で色の悪い顔――極度の疲れと焦りとで、感情の一部が剥き出しになっている、そんなふうに見えた。
 おとなしく彼の足元に座ると、部屋の明かりが消えた。暗闇のなか、カチリと何かのスイッチを入れる音を残し、ソディックは部屋から出て向こうから扉を閉めた。
 そうして――ガランとファリウスの会話が再生された。
 長いやりとりを見終え、休憩の合間に階下へ降りたウィルは、すっかり興奮していた。ガランの授業とソディックの不安と『時計』とが一本の線でつながり、答えが見えた。と同時に、上のほうから強い圧迫感を感じた。空を飛ぶ乗り物『船』に乗っている人間達、自分達を血の器としか見ていない人間達の、目に見えない視線の束を感じた。