41.惑いの底#4

 翌日、小屋の中で向き合ったシーサは、やはり後ずさりした。
 ウィルは腹をくくった。
 日課を決めた。昼はテントで眠り、夜は小屋で考える。考えて、自分のなかでなにかが変わったと感じたら、シーサの前に立つ。そして試す。何度でも。メルトダウンのその瞬間まで、これでいこう。
 夜はこころが重すぎて、眠れなかった。昼のほうが眠れる。ニッガの枝葉で弱まった陽射しが、テント布でさらに濁り、昼間でもテントの中は薄暗い。明るすぎず、暗すぎず、ちょうどいい。といっても、ぐっすりとは眠れなかった。うとうとと、だらだらと、朝から夕方まで寝続ける。
 コムのスイッチは完全に切ってある。いつ鳴るかわからないコムは、ヒリヒリするくらい自分の神経を逆さにこすった。今の自分に通信をよこす人間がいるとは思えないけれど、「鳴るかもしれない」と感じることすらイヤだ。
 テントと小屋は、移住区のはずれにあった。他のテントから少し離れて建ててあることが、ありがたい。物音を立てないように、そっと歩きそっと体を動かす癖が、すぐに付いた。ここに居ると気取られたくない。なぜどこにも行かないのだろうと勘ぐられるのが煩わしい。
 ひとり、例外がいた。レオン・セルゲイだ。帰ってきた翌日の昼過ぎ、杖を突き歩くかすかな振動が、床布から寝転んでいるウィルに伝わってきた。彼の足音はエヴィーの小屋のほうに消え、しばらくして戻って来たが、テントの前で立ち止まらずに帰って行った。彼の足音は、毎日、同じころあいに聞こえ、やはり黙って帰って行った。シーサがいるのだから、俺がいることはわかっているはずなのに。優しい人だと思った。いまさらだけど。
 小屋への移動は、暗くなってからだ。
 壁に背をもたせ、考える。考えるというより、とりとめもなくあれこれ想う。想いたいことを想いたいままに気の済むところまで。馬鹿野郎でも、くそったれでも、世界なんて消えちまえでも、なんでもいい。誰か来てくれないかな、パドかレイリーか、でも話をするのは面倒なんだ、話しに来て欲しいだけなんだ、おい大丈夫かって言って欲しいだけなんだ、ああ子どもに戻りたいな、でもなんでもいい。正直に思い巡らす。そうしていれば、そのうち、あまったれた自分がいやになって、反対のことを言う自分が出てくる気がする。なんの根拠もないけれど、そう感じた。
 自分のことを想うあいまに、メルトダウンの瞬間てどんなふうだろうと想像してみる。かつてガランの仲間だった人間達ってどんな人たちだろうと思い浮かべる。不思議なことに、こまごまとイメージするほどに、二つへの恐怖は少しずつ鎮まった。怖いことに変わりはない、けれど、なすすべもなく怯えていた不安は、治まっていった。外で起きていることはなにも変わらないのに。
 こころを取り出して、あれこれをひとつずつ眺めて、整理して、余計なものを削ぎ落としていく。
 そうして三日目の夜。パドの言葉がウィルのなかで実を結んだ。
 メルトダウンを防げるかは、ソディックに任せよう。首都の船との戦いは、ファリウスに任せよう。二人をどう支えるかは、他の人に任せよう。俺は俺の問題を引き受けよう。そう思った。腹の底から。
 一歩前進するたびに、ウィルはシーサの前に立った。声を掛け、腕を伸ばし、背の上に登ろうと近づく。祈るような気持ちで。――だがいまだ、シーサは後ずさることを止めない。