41.惑いの底#12

「なんでもなにも、お前が生きるために要る抗体だからだ。つべこべ言うな」
「つべこべって、そういうことじゃないでしょう。あと何日かで、メルトダウンが、」
 憎い敵に向かうように、ビリー・ヒルは言葉を吐き出した。
「それがどうした。知らんようだから教えてやる。明日だ。明日、太陽が午後の空に入ったころ、メルトダウンが来る。それがどうした? いつかは死ぬ、全員死ぬ。その日が明日か、もっと先か、それだけの違いだ。歳を取って死ぬことと、何かに感染して死ぬことと、メルトダウンで死ぬことと、どれほどの違いがある? 違いなどほとんど無いさ。あっても爪の先くらいの違いだ。馬鹿馬鹿しい。だがな、そのわずかな違いのために俺も親父も仕事をしてきたんだ。彼も採取していいと言ってくれたのだ。それなのに、なんなんだ、お前らは? 誰もかもメルトダウンで浮き足立ちやがって。お前らのために、耐えがたい痛みを引き受けて生きている奴がいるってのに。メルトダウンがどうした! つべこべ言わずに、横になれ!」
 窓を震わすかというほどの怒鳴り声がはたと止み、部屋は静まり返った。
 ウィルは立ち尽くしていた。動けない、言葉も出せない。彼の怒りが強烈過ぎて、どう受け止めていいか、わからない。うなだれ、右手に握ったマクヴァンの紙折をぼうっと眺めていた。
 やがて、ビリー・ヒルのため息と、静かな声が聞こえてきた。
「ガランの最後の言葉を見たか。休憩所で」
 ウィルは顔を上げ、見たとうなずいた。
 ビリー・ヒルはのろのろと椅子に腰掛け、カップをベッドの上に置いて、両手をこすり合わせた。
「想像もできない話が次々に出てきた。見てすぐは何をどう考えていいのだか、頭の整理が付かなかった」
「俺も、そうです」
「そのうち、俺の考えは一点に集まってきた――ガランは『搾取』と、ファリウスは『血の器』と言っていた、そうだったな? ……俺たちも、同じことだ。彼を血の器としか見ていない。俺たち全員で彼の生を搾取している。みんなで。くそっ、けったくそ悪い言葉だ、『みんな』ってなんだ? 俺はさしずめ、その手先だが」
 ビリー・ヒルはこすり合わせていた両手を頭にやり、無茶苦茶に髪を掻きむしった。フケが見事なくらい盛大に撒きあがる。ウィルは笑う気もしなかった。
 彼は気が済むまでそうやって掻き回した後、こちらに向き直り、穏やかな口調で言った。
「同じことでも、もう後戻りはできない。ならばせめて、一滴でもいい、彼の抗体を使ってやりたい。誰にも使われないまま、あの部屋でメルトダウンに焼かれてたまるか。頼む。本当は俺自身に注入したいところだが、それだけはできないのでな」
「……わかりました。お願いします」
 ウィルはうなずき、おとなしくベッドに腰掛けた。