41.惑いの底#18

 ラタはなにも言わず、待ってくれている。子どもが隣の子につられて遊び始めるように、干草を手に取って、ひとつふたつと結び目を作り始めた。それを目で追いながら、ウィルはたまらなくなった。なにか話したい。話しかけられたい。言葉を交わしたい。どんなことでもいいから。
「そうだな……明日……みんな、知ってるのか。明日だってこと」
 ラタの話しからは、そう聞こえた。案のじょうラタは言った。「うん。知ってる」
「なあ、ビリー・ヒルが言ってたけど……みんな、明日で終わりだと思ってるのか。俺、もう少し信用されてるかと思ってた。ガランが指示して、ソディックさんがポールを創って、俺が埋めて。俺が最後のポールを埋めに行くとき、みんな、そういう顔をしてたんだ。頼んだぞ、信じてるぞって顔を……でも、本音は、違ったんだな」
 ラタは胸に手を当て、考えている。適当な言葉で誤魔化さないように、無神経な言葉で傷つけないように、本当のことをどう伝えようかと考えているように見えた。
 しばらくして、彼女はうなずいた。
「うん。明日で終わるんだと思ってる。わたしも、たぶん、他の人たちも。それが正直なところ。でも……大丈夫、きっと大丈夫って、そういう声も聞こえる。ガランと、ソディックさんと、ウィルとが、一生懸命準備してくれたことだもの。それだけじゃない。姉さんだって……他の人達だって。わたし達、みんな、一生懸命やってきたわ。メルトダウンの先に向けて。だから大丈夫だよって声が、どこかから聞こえるの」
「ときどき?」
「ううん。いつも。大きくなったり小さくなったりするけど。昼と夜で変わるし、ひとりのときと誰かといるときとでも違うし、気持ちがすごく揺れて、ふらふらになりそうだけど……でも、どんなに小さくても聞こえ続けてる。みんなそうじゃないかしら」
 そうか、と呟き、ウィルはビリー・ヒルを思い出した。
 匙一杯のマクヴァンを取って来いと言った、目の前にある眠り粉にけして触れようとしなかった、彼のこころ。
 メルトダウンを明日にして。今、誰もが、ひとりで、それぞれの黒の谷にいるのかもしれない。自分の手で守り続けてきた、それぞれの光を掲げ。
「ありがとう」
 礼を言いたくなった。ラタははにかんだ笑いを浮かべた。
「どういたしまして。って、わたし、思ったとおりを言っただけよ。お礼なんて」
「わかってる。でもありがとう」
 ラタは下を向いてしまった。抱えた膝にぎゅっと顔を押し当て、脚を揺すっている。なんとなく、絵を誉められ、恥ずかしそうに嬉しそうに身をよじるキディに似ている。
 ひとしきりそうやって、照れ隠しか頬をごしごしこすりながら、ラタは顔を上げた。
「あのね、わたしもウィルに訊きたいことがあるの。いいかしら。よければ……」
 妙に遠慮がちに言う。以前のラタなら、こっちの気持ちなんかおかまいないしに、言いたいことを言って聞きたいことを訊いてきたのに。ウィルは釣り込まれるように訊ね返した。
「いいぞ。なに?」
「その……ハルのこと。どこにいるか、知ってる? 噂は聞いてるのよ。ビリーさんに連れられて、この移住区に来てるはずだって。わたし、会いに行きたい。ハルに」