42.ハル#3

 ハルと視線が咬み合う。すべての感情をしまい込んだ顔。ハルは口だけを動かした。
「何を言っているのさ」
「ハル、もういいんだ」
 ウィルは、自分のこころが震えていることに気づいた。足が浮ついていた。声は上ずっていた。
 ハルと自分とを結ぶ糸の束は、ただ一本を残してすべて切れてしまった。最後の一本が張り詰めているのが見えた。これからの、お互いの言葉ひとつで、その糸も断ち切られてしまう。
「本当のことを言ってくれ。俺には確信がある。そう言えば、お前ならわかるよな? けど、俺はハルの口から聞きたい」
 ハルは瞬きもしなかった。
「頼む、ハル」
「話したくない」
 怒鳴った。
「頼む!」
「いやだ!」
 ハルも怒鳴り返した。だがすぐに喉を枯らし、枕に顔をうずめてむせかえった。
 咳は続いた。ウィルは待った。
 今度は、逃げない。あきらめない。沈黙のまま別れることはできない。その結果手に入れるのが、どんな告白であっても。
 しだいに咳がおさまったハルが、枕に顔を押し付け、胸に手をあて、息を整える。そしてごろりとウィルに背を見せ、壁に顔を向けてしまった。
「ハル」
 返事はない。
「ハル、俺は話してくれるまで、ここを動かないからな」
 言って、すぐに首を振った。
 違う、動かないじゃないんだ。俺は――
「動かないじゃない、動けないんだ。どうしても動けないんだ。ハル、俺、シーサから落ちた。それからシーサに一度も乗れてない。二度とパルヴィスに乗れないかもしれない。俺は怖い。怖くてたまらない。自分の力だと思ってたものは、全部、嘘だったのか? 今は、どうやってパルヴィスに乗っていたか、全然思いだせない。俺は知りたいんだ、竜に乗る力がどこから来たのか、もうほとんどわかってる、けど、せめて俺にだってその力のカケラくらいはあるって、確かめたいんだ、知りたいんだ、ハル!」
 言いながら、足の力が戻ってくる気がした。口に出すほどに、自分のなかの怖れを掴みよせ、目の前で握り締める。明らかにした怖れは痛いほど胸を掻きむしる、けれど、得体の知れない黒い雲であったときよりは、ずっとずっとましだった。
 ハルがゆっくりと体をひねった。
 灯りに照らされた横顔に、一筋流れたものが、ぽとんと枕に落ちた。
「……ウィル、僕が話すことは、君をもっと追い詰めるかもしれない」
「かまわない」
 即答した。
 ハルは小さく手を振り、灯りをどけて欲しいと言った。こんな弱い光でも、目に辛いらしい。ウィルはランプを部屋のすみの小机の下に置いた。黄色い光が床を這い、かすかに二人を照らす。
 ハルは息をすうっと吸い込んだ。
「十四歳の誕生日。僕の、誕生日――」