42.ハル#5

「悪いとは思ったけど、どうしても見つかりたくなかった」
「それで、それで――エヴィーに乗った、乗れたんだな」
「そう」
 ハルの声に、ひととき暖かい力がこもった。
「あのときの気持ち、いまでもはっきり覚えてる。絶対に無理だと思ってたことが、ひっくり返った。信じられなかった。嬉しかった。叫びたかった。ウィルに見せたかった!」
 ハルの声の張りはまたたくまに弱った。また数度咳き込んだ。
「……でも、すぐに思い直した。エヴィーは……あの人の竜だ。子どものころ、乗せてもらったこともある。もしかしたら、エヴィーで試験しても、意味はないのじゃないかって」
 あの人、という言葉が、ウィルの胸を引っ掻いた。どう呼んでいいか惑っていたのは、自分だけじゃなかったんだな。
「それで?」
「そのまま、ロックの柵へ行った」
 一年前のロックといえば、大人四人がかりで押さえつけても手に負えない暴れ竜だったのに。ハルは行ったというのか。夜中、誰にも見つからないように。ひとりきりで。
「ロックが目を覚ました。触るのも恐いくらい、不機嫌だったよ。僕、周りが明るくなりかけて、やっとの思いで試験したんだ」
 ウィルはかすれた声で訊いた。
「ロックにも、乗れたんだな」
「乗れた」
 ハルは目を開き、うなずいた。
「乗れた。僕は、竜使いだ」
 ウィルは下を向いたまま、拳を握っている。いつの間にか握っていた。
 ここまでは、予想どおりだ。ラタの質問でそうじゃないかと閃いて、ここに来るまでいくつもの出来事を思い返し、きっとそうに違いないと予想した。ハルは俺の知らないところで、先に、試験をし、パスし、エヴィーのマスターになっていたんじゃないかと。
 それはいい。問題は、本当に恐かった答えは、その先――
「どうして、話してくれなかったんだ」
 聞くしかないんだ。この答えだけは、ハルしか持っていない。
「どうして? 話せないことなんだな? お前は試験にパスした、竜使いだった、それだけじゃないってことなんだろ? さっき、俺をもっと追い詰めるかもしれないって言ったよな。大丈夫だぞ。今だって、どうせ乗れないんだ。お前が何を言ったって、乗れないことに変わりはないんだ。気にせずに言ってくれ」
 ハルは黙っている。瞳は動かない。ウィルは拳を胸の前に突き出した。怖れ掃うために。
「言ってくれ! エヴィーに指示したんじゃないのか、ロックに命令したんじゃないのか、『ウィルを頼む』って、俺を乗せてやってくれって、言ったんだろう、違うのか!?」
 その予想を導いたのは、パドのふたつの言葉だった。ロックにはマスターがいるはずだという言葉、そして、感染症に侵されたルロウの移住区に向けて出発するとき、彼が自分の竜に掛けた『頼むぞ』という言葉。
 マスターの一言の重さ。もっと早く、気付くべきだった。