15.空へ #3

 隣のソディックに、軽く頭を下げる。彼は、会釈も返さずに、「荷物を」と短く言うと、自分のテントへ向かった。計測器を取りに行くんでしょう、とネイシャンが説明した。
 金属筒の横には、大きな籠が置かれていた。太い針金を編んで組んだ型に、竜の皮を張ってある。籠は、幾本もの丈夫なロープで気球布に結ばれていた。
 大きな籠、といっても、気球の大きさに比べば、不釣合いなくらい小さい。大人が四人入ったら、ぎゅうぎゅう詰めだ。――なるほど、これに乗るわけか。
 ネイシャンが、ラタから聞いてるわよね?と確認してきた。ウィルはうなずいた。
「三人しか、乗れないんですか? せめて、もう二・三回、飛べればいいのに」
「無理。だいいち、下手に回数を増やしたら、誰が乗るかで揉(も)めるわ」
 ぴしりと言われ、気まずい沈黙が落ちた。
 ウィルは、手持ち無沙汰で、空に直立していく気球を見上げた。もうだいぶ膨らんでいる。
 昇りきった朝の太陽に照らされ、気球の表面が眩しく光っている。赤、青、黄色、そして漂白された真っ白な布が、パッチワーク状につなぎあわされているのだ。こんな色、村人達はめったに着ない。わざわざ染めたのだろうか。
「派っ手だなあ」
 思わず呟くと、ネイシャンがにやっと笑った。
「色のこと? それ、ガランの指示なの。理由は、教えてくれなかったんだけど……あの人、また何か企(たくら)んでるわよ」
 それから彼女は、手伝って、と言って、金属筒の先から出る炎を止めた。ウィルと二人で、けっこうな重量のそれを持ち上げ、例の籠の真ん中に据える。こうして、あともう少し熱風を送り込んだら、大人三人を空に浮かべるだけの力が生まれるそうだ。
 籠の周りには、円を描いてペグ(フックつきのピック)が打ち込まれ、ロープが通されている。そのロープが、浮こうとする気球を地面に固定しているのだ。
 そのうちの一本、わざと離れた位置に打ったペグに結び付けられたロープを、ネイシャンはナイフで切った。すると、気球はゆっくり、籠の真上へとその位置を変えた。村人達の口から、わぁっという声がもれる。
「オーケイ。あともうちょっと暖めて……あら?」
 ネイシャンの話を、女の子の泣き声が遮った。
 驚いて振り返ると、キディだ。離れた所で、腕組みをし立っているハヴェオの脚にまとわりつき、彼の上着を引っ張っている。ぽろぽろ涙を流し、濡れた髪が頬にはりついていた。
 いいかげんにしなさい、とハヴェオの厳しい声が聞こえてきた――そういえば、キディはハヴェオの一人娘だった。きっと、気球に乗る順番を父親に聞きに行って、乗れるわけがないだろう、とでも冷たく言われたに違いない。
 ウィルは、唇を噛んだ。軽い気持ちで返事したことを、後悔した。