16.雨の日々#10

「ロックダム! ローック! 落ち着け!」
 無理だ。
 解き放たれたパルヴィス竜は、あらんかぎりの力で驀進(ばくしん)した。ウィルの体を無茶苦茶に揺さぶり、猛り狂って突進して行く。
 右手に続くカピタルの柵の向こうから、村人達の叫び声が聞こえてくる。囃しているのか、危ないと怒鳴っているのか、まるでわからない。
 なんとか態勢を立てなおし、皮袋に手を伸ばす。手探りでマスク用の布を探り当て、口の中に突っ込んだ。こうでもしないと、舌を噛む。
 絶好調のロックは、ほどなくカピタルの西の端を通過した。右手を見ると、大きなテントの横で、ソディックが立っている。眼鏡をずりっと上げ、軽く手を挙げたのが見えた。
 村の柵が途切れた。
 視界の半分は砂漠、半分は森。延々と続き、はるか前方で緑は右奥へとカーブして行く。長雨で濡れ固められた砂漠は、森の地面より反発が強い。ロックの脚踏みひとつひとつが、ウィルの体に響き、骨を揺さぶる。
 なすすべもなく揺さぶられていたウィルも、ようやくコツが呑み込めてきた。エヴィーの乗り心地とは、まるで違う。エヴィーには、ゆったり体重を預ければ良かったが、ロックでそれをやると背から放り出されそうになる。脚に力を入れ、衝撃がもろに背骨に伝わらないように踏ん張り続けた。
 そんな緊張状態で、どれだけ駆けたろうか。
 雨雲で太陽は見えない。ウィルは自分の鼓動をたよりに、距離を測った。百数えたら手綱を持ち変え、千数えたら撥水コートの裾に縫い付けたスナップボタンを留めていく。十個留めたら、暗算して太陽の高さに置き換える。
 空想太陽が高く昇り、カピタルの集落も森の緑のカーブ向こうへ隠れ見えなくなった頃、ロックの足並みがようやく緩んできた。……すごいスタミナだ。
 揺れが、エヴィーのダッシュ時くらいに落ち着いてきた。
 ウィルは、噛み続けていた布を吐き出した。ほとんど濡れていない。口の中はカラカラだ。
 若い竜だからか、これがロックの個性なのか、桁違いのパワーに、頭がクラクラする。エライことを引き受けてしまった。奥歯はジンジン、背骨はギシギシ、まだ昼前なのに。
 亜種のロックでこれなら、純血のシーサはいったい?……と考えかけて、やめた。その時になったら心配しよう。今は、そんな余裕も無い。
 手綱を握りなおし、竜の様子に目を配る。
 ロックは嬉しさ全開だ。ウィルには、そう見える。
 エヴィーが走るときには全く使わない背翼を、バタバタと広げ、鬣(たてがみ)は突っ立ったまま。前へ進むより上へ飛び上がる力のほうが強いくらいだ。まだ走り方がよくわかっていないのかもしれない。それとも、そうせずにはいられないくらい、興奮しているのか――たぶん、どっちも正解だろう。
 目を森に転じると、森の外周は、見なれた木立で縁取られていた。ニッガの幼木の群れだ。
 前方は、同じ景色がずっと続いている。気球から見下ろしたとき、ニッガの林が東西へうんと広がっているのが見えた。おそらく、ポールを埋める地点まで、このまま林が続くはずだ。