16.雨の日々#14

 ウィルは、ぶるん、と首を振った。
 どうしてこんなことを、考えたのか。誇り高い竜使いたちが、相手のいない所で悪口を言い合うなんて、あるわけないじゃないか。
 そのとき、ロックのスピードが、ぐんと落ちた。
 はっと意識を戻す。興奮して立っていたはずの鬣(たてがみ)が、ぺしょりと寝ていた。
 ウィルは、声を掛け手綱を引いた。ロックも素直に止まった。疲れたんだろう……ここまで駆け続けただけでも、充分だ。休憩しよう。
 下へ降りると、ロックは脚をかがめ、腹を地に付けた。
 さすがにスタミナが切れたらしい。頭を下げ、耳ひれを揺らしている。ウィルは心配になって、半開きになったロックの口元に手を沿え、様子を観察した。子供の頃聞いた、サムの話が頭をよぎったのだ――『多くの乗り手たちが、自分の竜が突然脚を止め、そのまま目を閉じて地面に倒れてから、やっと取り返しがつかない過ちに気づいた』
 ロックの目に、そのまま閉じて地面に倒れそうなほどの疲労は見えなかった。落ち着いた輝きを宿し、こちらをじっと見返している。大丈夫そうだ。
 ウィルはほっと肩を落とし、自分もぺたりと地面に腰を降ろした。
 ホッホウ、ホッホウ、という低く深い鳴き声が、森のほうから一定のリズムで聞こえてくる。カピタルでも聞こえる声だ。獣だろうか。違う生き物だろうか。
 脚を伸ばし、ぼんやりしていると、風で東へ吹き払われていく雲の端から、満月が顔を出した。
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 きっとカピタルでも、夜更かししていた大人たちが、久しぶりの月夜を喜んでいるだろう。
 雨の日は水を汲みに行く手間がはぶけるけれど、夜、真っ暗になるから嫌だ。子供の頃、雨の夜中は絶対に起きたくなかった。すぐ隣で寝ているはずのサムやハルの寝息が聞こえても、なんだか気味が悪かった。ハルも同じことを言っていたから、きっと誰でも、真っ暗は怖いものなんだ。
 そういえば、ハルと離れて夜を過ごすのは、初めてだ……どうしているだろう。
 ハルのことだから、寝ずに待っているに違いない。いつだってそうだ。サムに叱られてエヴィーの世話をさせらた時も、ネイシャンに怒られて学校の水汲みをさせられた時も、少し離れたところで自分の罰が終わるのを、黙って待っていた。
 『僕って話しやすいのかな?』というハルの疑問を思い出した。
 少なくとも、自分は話しやすい。ハルはどんなことでも黙って聞いてくれるし、絶対に他の人間には話さない。他の大人たちも、ハルなら大丈夫と思って、愚痴やなんかをこぼすのだろう。……だからといって、十四歳に相談事までもちかけるのは、何か間違っていると感じるけれど。