17.秘密#4

 雨が降り止んで数日たち、森は夏一色になった。
 緑はますます濃く深まり、生き物達の声が森全体を揺るがし鳴っている。ジィージィー、シャワシャワ、その他言葉にも表せない様々な音が、激しい雨音よりなお騒がしく一瞬も途切れることなく続いている。
 エヴィーの調子も戻った。森の地面は次第に乾き、ぬかるみが消え、バーキン草原からサムのルートまで、軽快に走れるようになった。朝早く村を出発すれば、太陽が昇りきる前に大河に到着できる。河の水量も落ち着いてきた。
 そこからさらに上流へさかのぼると、川はいくつかの枝分かれし、急に細くなった。
 河底の石が見える位置までエヴィーを進め、ウィルはとうとう川を横ぎることにした。
 足場の悪い石河原で、無理にジャンプしないほうがいい。流れに直角に、歩いて横ぎることにした。エヴィーは水の手前でちょっと足を止めたが、合図するとじゃぶじゃぶ渡り始めた。一番深いところでも、エヴィーの太ももくらいまでだ。
 上から見下ろすと、透きとおった水の中で、黒い細長いものがスルスル走っている。走る、という表現が正しいかわからないけど、動く、と呼ぶにはふさわしくない俊敏さだ。きっとあれが「魚」だろう。たくさんいる。
 すぐに川を渡り終えた。ウィルはそのまま、北へ進路を取った。ほどなく、分岐した別の支流にぶつかった。同じように渡る。さらに北へ進むと、もっと細い支流があった。エヴィーの脚で数歩、またぐようにしてこれも渡った。
 三つの川を制覇したところで、小休止を取った。太陽は午後の位置に差し掛かっている。
 強い陽射しに、ウィルは帽子を取り出し、被った。川面を吹き渡る風で、帽子のつばがはためいた。エヴィーが、さすがに暑いのか、一度渡りきった川の中に戻り、どんと腹をつけて浅い流れの真中で座り込んでしまった。
 はじめは驚いたウィルも、エヴィーに倣(なら)うことにした。
 ブーツを脱ぎ、流れの淵に足を浸す。足裏にあたる石が、少しヌルヌルしている。水はぞくっとするくらい冷たい。水を透かしてよく見ると、黒い背をした虫があちこちで蠢(うごめ)いている。水中に住むのは魚だけではないようだ。
 砂漠の旅の途中で何度か川を渡ったけれど、こんなに水が澄んでいる川は初めてだ。このまま汲んで使えそうだ。ガランに報告したら、きっと喜んでくれる。
 と、川の真中でデンとしていたエヴィーが、ぐっと首を下げた。そのまま口を流れに付け、大きく喉を鳴らし豪快に水を飲み始めた。
 ウィルは、ふっと首をかしげた。そう言えば、川の水って、飲めるんだろうか? 水浴びや洗濯に使うばかりで、飲んだことは無かった。カピタルでは、飲み水と煮炊きに使う水は機械が作りだす精製水だけと決まっていた。決まっていた、といっても、それは他に水が無かったからなわけで……これだけ綺麗な水なら、大丈夫じゃないだろうか。現に、エヴィーは飲んでいるわけだし。
 手で水をすくってみた。一点の濁りもなく、きらきら光っている。大丈夫、だよな。口に含んでみた――舌に衝撃を感じた。
 ウィルは反射的に、口の中のものを吐き出した。
「なんだ、これ!」
 思わず叫び、袖で口をぬぐう――なんで、水に、味があるんだ!?