17.秘密#9

 二人の話は、ハヴェオのほうが一方的に喋り、ときおりマリーが、穏やかに短く答えているようだ。なんとなく、あまりいい話ではなさそうだ、と感じた。ハヴェオの声がだんだん高くなる。イライラした調子が伝わってきた。そしてついに、はっきりと相手を詰(なじ)る言葉が聞こえた。
「なぜ駄目なんです――たかが言葉ひとつ、教えるくらい!」
 マリーの低い声が聞こえた。なんと返事をしたのかはわからない。ハヴェオの声は急に静まった。そのまま、ニ・三度のやりとりが聞こえた後、ハヴェオの足音がした。
 扉の陰で息を殺すウィルの横を、ハヴェオは荒っぽい足取りで通り過ぎ、そのまま廊下を横ぎり出て行った。先生への挨拶もなく、振り返りもせず去った彼の背中は、怒りで膨れているように見えた。
 ウィルは扉の陰で、どうしたものかと考えた。
 今、入っていくと、いつからそこにいたんだと聞かれそうだ。しかしそっと出ようとしてもし後姿を見られたら、もう言い訳できない。
 と、もうひとつの教室から、子供達のわぁーっいう声が聞こえてきた。ネイシャンの授業が終わったらしい。椅子を動かす震動がガタガタと床を伝わってきた。このままだと、今度は子供達に見つかる。
 おもいきって、扉の陰から出た。教室の中をのぞく。開かずの窓が二つもある教室は、薄暗い。マリーは扉に背を向け、うつむいて立っていた。
「先生」
 呼びかけた声が、廊下の向こうから届く歓声にかき消された。もう一度、大きく呼びかけると、マリーは飛び上がるようにして振り返った。
「はい、どなた――ウィリアム! 来てくれたのですか。どうしたの?」
「えーと……」
 どう言ったものか――
 昨日あの後、ハルとは結局ひとことも喋らなかった。今までにも、そんな日は何度かあったけれど、今回はどう修復していいか、わからない。しつこく聞いて悪かったと謝るのもしらじらしい。第一、気になってしょうがないんだから。かといって、話を蒸し返せばもっとこじれそうだ。
 それで、もうこうなったら、相談を持ちかけてきたマリーに聞くしかないとウィルは考えたのだが、いざ本人を前にすると用意しておいた質問が出てこない。そもそも、自分が留守のときを選んでやって来た彼女が、すんなり話してくれるだろうか。
 マリーが、普段どおりの優しい顔でじっと待っているので、ウィルはとうとう口をきった。
「先生に聞きたいことがあるんだ」
「あら、なんですか」
 マリーは抱えていた本を机に積み上げ、こちらに向き直った。緑のロープタイが、胸元で揺れている。
「このあいだ、訪ねて来てくれたことで」
「ええ、それで?」
「ハルと、何を話していたんですか」
 え、と小さく呟いたあと、次の返事までには間があった。
「あなたとしたような話をしましたよ。ちょっと見ないうちに、たくましくなったとか、体の調子は大丈夫とか」
「それだけですか」