22.巡る輪#7

 白い建物の上階で天窓を開け、一泊過ごすことが最近の習慣になった。
 今夜は新月祭だったが、かまわず泊り駆けに来てしまった。村人達と喋って騒ぐ気がしなかったからだ。
 夜明けを待って、持ち帰れる最後の絵を抱え、建物を出た。風は冷たく、空が高い。秋が深まりつつあった。
 ソディックの話を聞いてから十日ほど経っている。あの後、自分のテントに戻ってすぐハルと言葉を交わした。「聞いた?」「聞いた」。それで全てが伝わった。以前と同じ、お互いの気持ちが通じあう平穏な毎日が戻ってきた。食欲は無いけれど、サムに徹底的に仕込まれた「なにがなんでも食べる習慣」が自分の口と舌を動かしている。
 ――エヴィーに乗り、白い道をゆるゆる駆ける。左右に広がる木立を眺めながら、バルワ大河の上流へ向かった。
 ウィルは以前にもまして、森をよく観察するようになった。今まで通ったルートをもう一度たどり、丁寧に風景を見つめるようになった。獣や鳥がいないかと目をこらすことは勿論、木の根元や地面も油断なく見るようになった。森の木々の葉は色づき落ち始め、地面を少しずつ覆っている。
 下草と落ち葉に隠れた地面には、たくさんの生き物達がいるはずだった。生きているもの、死にかけたもの、死んで喰い破られたもの、喰い尽くされたもの。
 バルワ大河のほとりに着いた。エヴィーを止め、水を一杯飲んだ。歯に染みるくらい冷たい。河の様子も変わってきた。夏の盛りは髪の毛の束のようになって揺れていた水草が、最近はすっかり見えなくなった。水の中を走り回る魚の影は、逆に増えた気がする。
 魚は何を喰うんだろう。喰ったり喰われたり。死んだ後は、どうなるんだろう。
 休憩を終えバーキン草原まで一気に戻り、デコボコの木の下でまた休憩した。木の下には黄色の葉がたくさん落ちている。傘をポンと広げると、クルリが飽きもせず木の実をポコポコぶつけてくる。傘には白い斑点がたくさんついていた。ときどき上から糞も降ってくるのだ。
 クルリは木の実を食べる。喰ったり喰われたり。クルリを喰う奴っているんだろうか。いなかったとしても、いつかは死ぬ。死んだら、木の上からボトッと落ちるのかな。落ちて喰われて虫にたかられて。最後はどうなるんだろう。地面と同化してしまうんだろうか。
 昨日、バーキン草原からバルワ大河の下流に抜ける雑木林を久しぶりに通った。プラリの親子がプラプラ出迎えてくれた。久しぶりの対面で嬉しかったが、子供達の数が三匹に減っていた。残り半分はどこへ行ったのだろう。プラリも世界の仕組みの中で生きている。喰ったり喰われたり。喰われなかったとしても、最後はどこへ行くんだろう。
 最近、森の中で考えることは、そればかりだった。獣の、鳥の、虫の姿を見るたびに、あのジェラの光景を思い出しては考える。
 それが世界の仕組みだというなら、それもいいかと思う。喰われることも仕方ないのかと思う。少なくともあのジェラは、自分の仲間や親や子供に喰われたわけじゃない。人間よりよっぽどマシじゃないか。世界の仕組みは、カピタルの現実よりはずっと優しかった。