22.巡る輪#8

 でも、と一方で思う。だからって、あのジェラみたいな死に方は俺は嫌だ。獣に襲われて死ぬのも真っ平だ。死んだそばから喰いちぎられていくなんて耐えられない。いや、俺はまだいいんだ。自分のことはいいとしても、村の誰かがそんなふうになるのは我慢できない。ハルがそんな目にあうくらいなら、俺は森じゅうの獣と虫を殺してやりたくなる。
 あの話の夜、ハルはこう言ったのだ。
「森を見つけた今、食料の心配は無くなったってソディックさんは言ってた。もうプランクトンの培養に人間を使う必要は無い、プランクトンが食料である必要も無くなるって。そのかわり人間は『森の法則』に従うべきだって。どういう意味なのかな」
 ハルは首をかしげていたが、ウィルにはわかった。喰ったり喰われたりする「世界の仕組み」に人間も従うべきだ、そういう意味に違いなかった。
 頭では理解できる。そうすべきだ、と思う。けれどもし、それが自分やハルの身に起こったとしたら――胃の底に巣くう不快感を、無視することはできなかった。人間と他の生き物は違う。喰ったとしても、喰われてたまるもんか。嫌なものは嫌だ。自分の気持ちに嘘はつけない。
 ずっとそんなことばかり考えて、ときどきふっと、自分の頭はどうかしていると我に返る。「聞いたらもう引き返せない」か、なるほど。本当にその通りになってしまった。
 ただ、不思議なもので、森に入って考えているぶんには、なぜだか気持ちが落ち着いていた。喰うということ、喰われるということ、死ぬということ、死んだその後、どれだけ空想しても。
 同じことをカピタルのテントの中で十日やり続けたら、気が狂うかもしれない。
 そういえば、ハルとラタはどうしているんだろうか。どうやってこの想いを打ち切り、前へ進むつもりなんだろうか。

 森の絵を学校に届けに行くと、子供達はみな外で遊んでいた。休み時間らしい。ネイシャンが柵にもたれて監督している。ウィルに気付き、どんな絵?と聞いてきた。
 最後の絵は、不思議な絵だった。大木が堂々と真中に、周囲はうっそうと茂る草叢と大小の木々。森の一番奥の光景としか思えない、深い深い緑が支配する空間。大木の枝は低く垂れ下がり、鳥が留まっていた。大木の根は枝よりなお複雑に曲がりくねり、土をがっちり掴んでいる。その入り組んだ根の隙間から、ある物がのぞいていた。不思議なのはそこだ。のぞいていたのは、獣らしき骨の塊だったのだ。
 絵を見たネイシャンは、ちょっと眉を寄せた。
「この絵、飾ってもいいのかしら……」
「やっぱり。チビ達には刺激が強いですか」
 ウィルもそう思っていた。ネイシャンは唸った。
「そうねぇ、ママに聞いてみましょう。ところでこの骨、不思議ね。どうしてこんなところに入り込んだのかしら」
「さあ? 死ぬとき自分で入ったのかな。喰われるのが嫌で入ったのかも」
 ネイシャンは怪訝(けげん)な顔をした。しかたがない、後ろ半分はウィルの独り言だ。
 マリーは外出しているらしかった。とりあえずマリーの個室に向かった。からっぽの部屋に入り、壁に絵を後ろ向きに立て掛ける。子供達が興味本位でのぞくかもしれないと思い返し、布の端切れで絵を覆っておいた。