35.血の器#5

 感染病に対抗するためガランが授けた智恵は、こうだ。発症者に接する人間を限定すること。どれだけエネルギーを使ってでも、飲み水から手洗い水まで体に触れる水は全て煮沸すること。病人の世話をしたあとはそのお湯ですぐに体を洗うこと、衣服も煮沸消毒すること。移住区の水のみ場、洗濯場、汚物を流す場所は切り離し、川上から順に配置すること。そのうえで、カピタルにストックされた抗体アンプルを発症者に注入し、効果が出るかどうかを見極める。
「カピタル人に受け継がれる血のなかに、こちらにはない抗体があるかどうかは、現在調査中だ。だが調査結果を待ってから動くのでは遅い。まずは動く、同時進行で二つの共同体の抗体の『差』を調査する。動かす竜はこの三頭だ。俺とパドが先導し、あと三人を移住区に連れてゆく。向こうに着き次第、手分けして抗体アンプルを感染者に注入する」
「え……三頭で五人ということは、」
 ウィルは呟き、竜の背を順に目で追った。シンの純血パルヴィスは一人乗りだ。パドの竜とロックダムには二人乗れるが、自分がロックに乗ったらあと二人しか連れて行けない。計算が合わない。
 シンがうなずいた。「君とレイリーは待機だ」
「やだ、あたしも行く! 絶対行く、そう決めて来たんだから!」
 レイリーが拳を振り回した。駄々をこねているふうではない、真剣だ。移住区に、家族かたいせつな友達かがいるんだろうか。
「駄目だ」
 シンはぴしゃりと言った。口を開きかけたレイリーをパドが遮った。
「レイリー、今回は我慢しろ。下手したら俺達も帰って来れない、関わった人間全員、死んで腐り消えるまで、あの一画に隔離状態になるかもしれねえんだぞ。竜使いが全滅するわけにはいかないんだ。お前ら二人は、なにがなんでもこっちに残す。リーダー命令だ」
 レイリーは唇を噛み下を向いた。ウィルはパドの言葉を理解するまで、何度も頭の中で繰り返した。そんなまさか、大袈裟にもほどがある――そう打ち消そうとして、ニッガの横顔を見、けしてパドの言うことが冗談でも心配のし過ぎでもないと、わかった。ニッガはミード草のトンネルの向こうをじっと見つめていた。いつでも穏やかで物静かだった彼の顔は、極度の緊張で歪んでいた。
「なんで俺達が残って、あんた達が行くんだよ」
 パドに尋ねながら、ウィルは本当はこう訊きたかった。なんでニッガが選ばれたんだ? どういう基準なんだ?
「歳の順だ。当然だろう」
「じゃ、じゃあ、連れて行く三人は? 歳の順だって言うならもっと年寄りがいる! それに抗体を打ちに行くならそれを『仕事』にしてる人間が行くもんだろう?……いや、ヒルさんが行くべきだってわけじゃないけど、なんで?」