39.作動せず#4

 ぶんぶん寄ってくる小さな羽虫を手で払いながら、シーサの回復を待つ。眠くなってきた。昨日から一睡もしていないのだから、当たり前だ。ウィルは立ち上がり、体操して気を散らすことにした。ここで寝たら後がつらい。ポール座標まで行って任務を完了してから、おもいっきり寝たほうがいい。
 やがてシーサが首をもたげ、身軽に起き上がった。スタミナはまだ充分ありそうだ。
 ポール座標を確認すると、現在位置が予定よりすこし西に逸れていることがわかった。とりあえず最短の角度で森の外周に出よう。そこから砂漠を伝って座標に向かう。日付が変わる前には着けるはずだ。
 シーサに乗り発進する。湿地帯を越え、あたりは雑木林に変わっている。木々の間隔は密になり、見通しは良くない。並足より少し早いくらいが精一杯だ。
 ゆるゆると駆け続け、湿地帯よりさらに大きな距離を過ぎたころ、陽射しが急に弱まってきた。長い一日もさすがに暮れようとしていた。ウィルは慌てずそのままのペースを保った。森の大きさとシーサの速さ、自分の頭の中で、というより自分の体の感覚で計算した答えが正しければ、完全な闇が落ちる前におそらく――
 木々の輪郭が闇に沈む、その直前、視界がパッと開けた。
 沈みゆく太陽が地平線に半分埋まり、夕暮れから夜の色へとグラデーションを描く西の大空が天を覆っている。果てなき砂漠も空と同じように染まっている。ウィルの予測はあやまたず、日没前に外周に突き抜けたのだ。
「よし!」
 ひとりごちた声に、シーサが遠吠えで応える。
 太陽が地平線の下に潜るまで見送った後、ウィルはライトを点け、進路を右方へと変えた。森の外周に沿って北上する。障害物の無い砂漠を、シーサは待ってましたとばかり猛烈に駆けた。
 シールド・ポールを取りだし、スイッチをひねって座標への距離を確認する。パネルに並ぶ四列の数字が目の前でくるくると値を減じてゆく。あと一万リールほどか。この勢いなら、もうすぐそこみたいなものだ
 やがてその地点が目前になった。ウィルはシーサを止め、ポールとライトだけを持って下に降り、再び夜の森にわけ入った。後ろからシーサが付いて来る。
 そして、とうとう着いた。シールド・ポール第八地点、最終座標、誤差ゼロの場所。
 木立に囲まれ、下草が密生する、ごくありふれた森の一地点。ウィルはシーサの首にライトを吊るして明かりを確保すると、皮袋からナイフを取りだした。テーブルひとつぶんくらいの草を丹念に刈り取り、根を掘り起こす。むきだしになった土を足裏で綺麗にならす。最後の一本だ。丁寧に仕事を仕上げたかった。
 用意が整ったところで、ポールをセットした。
 ポールは今までの七本と同じ動作で、同じように土に埋まって行った。なんの問題もなく。
 土を掻く音とフィーという動作音が止み、あたりが再びシンとして、ウィルがほっと肩を落としたそのとき、突然甲高い音があたりの静寂を破った。シーサの背上から。コムの通信音。
 急いでコムを降ろし、通信ランプの色を見る。
「ああ、びっくりした――ソディックさん!?」
「完了! 完成! 完璧!」