39.作動せず#16

「あっ、そういえば――今から? どんなことが起きるんですか」
 念のためパルヴィスから降りたほうがいいとソディックは言った。伝言を受けたシンとパドが竜から降りる。三頭と三人は寄り添うように並び、ソディックの次の言葉を待った。
「ライトを用意して。シールドは太陽光を完全に遮断する。一時的に気温が下がるが、寒くはない。他にどういった影響があるかは未知数。だが、生物に有害な作用は無いはず。――準備はいいか」
「ちょ、ちょっと待ってください。ライト――」
 三人は急いでめいめいのライトを取り出し、握った。コムに向かい、ウィルが返事をする。「大丈夫。いいです」
 通信は切れた。三人とも押し黙り、シンは北を、パドは南を、ウィルは天に伸びる構造物の向く先を見上げる。急に、今まで意識していなかったジィジィという虫の声がやけにうるさく頭に響きだした。
 と、ふいに、そのジィジィ音が、水を浴びせられた火ようにはっと立ち消えた。
 静まり返る。風も止んでしまったような。森全体が息をつめているような、奇妙な感覚……
「――始まったぞ」
 パドが囁いた。
 それは音もなく始まった。
 白い道のうえ、木立の合間に細長く切れ伸びる青い空、パドが指さしたその南の地平から、不思議な色がゆっくりと、こちらの空に向かいせり上がってくる。白でもない、黒でもない、灰色でも他の色でもない、光でも闇でもない、言いあらわしようのない色が。振り返れば、シンが見つめる北の空もまた不思議な色で覆われようとしている。
 あれが、虚粒子シールド――
 休憩所のドーム天上が左右からゆっくり閉じ合わさるように、森の上空は北と南からゆっくり閉じられようとしていた。シールドが広がるにつれ森が暗くなってゆく。光が失われるにつれ、シールドの端のほうもまた黒なずんでゆく。
 そしてついに森のほとんどが闇に沈み、青く残った空もあとわずか、森の中心点であるウィルたちの上空を残すのみとなった、そのとき。
 空が揺らめいた気がした、次の瞬間、カッと夏の太陽光が全開で戻ってきた。
「うわっ!?」 
 パドの悲鳴。シンが呻く。ウィルは腕で目を覆って後ずさり、ロックの脚にぶつかった。まともに空を見上げていた目が太陽の陽射しをまともに拾ってしまった。ぎゅっとつむったまぶたの裏で、強烈な光がまたたく。痛いくらいに。
 下を向き、開いた左手で顔を覆ってじっとやりすごす。長いことそうしてようやく落ち着き、そっと手を降ろしあたりを見回すと、パドもシンも憮然としていた。
「あぁびっくりした。おい、シールドはどうなった? 小僧、連絡をつけてくれ、お前んところの――」
 言い終わる前に、ポケット中でコムが鳴った。右手のライトをポケットにねじこみ、コムを引っ張り出す。
ソディックさん、どうしたんですか?」
「失敗」
 短い答えが返って来た。
「失敗!? どうして」
「調べる!」
 通信はブツッと切れた。ウィルは呆然と手の中のコムを見つめた。ソディックの声ははっきりと異常だった。まったく想定外の結果が起きたのだと、その短い返事からわかりすぎるほどわかった。
「失敗とはどういうことだ? では、メルトダウンは――」
 横にぴたりと付いて通信を聞いていたシンの声を、パドのわめき声が遮った。
「おい、ありゃなんだ? 見てみろ!」
 うるさいぞ!と怒鳴り返し振り返ったシンが、パドの指さす南の空を見上げ、固まった。つられて同じ空を見上げたウィルはぽかんと口を開けた。

 シールドが消滅した夏の青空に、妙なものが浮かんでいた。

 それは銀色の半球体だった。かなり上空にあるはずなのに、手が届きそうなほど大きく近く見えた。
 休憩所をまるごと地面から引きはがして空に浮かべた――そんな形をしていた。
 
イメージ 1「Capital Forest」 -作動せず- 完話>>>次章 -選ばれし民-