40.選ばれし民#2

「そのとおり」
 ガランは静かに言う。
「真実などという言葉は、軽々しく使うべきではない。それは人の目や耳にはとうてい届かない、奥深いものであるから。ただし、もし本当に起こっている現実が意図的に隠されているとしたら、我々はやはり、ただ目に見え耳に聞こえるものだけに頼ってはいけない。『真実』は必要ないとしても、『偽りのない現実』は必要です。みなの未来のために」
 ファリウスはぼんやりとガランを見返す。ガランは微笑して続ける。
「あなたの言葉を聞いて、私の腹も決まった。やはりルロウのみならずカピタルのこれからを託すのは、あなたをおいて他にいない。あなたに、私が知る『現実』を話そう」
「待ってください」
 ファリウスは戸惑いの表情を浮かべる。
「なんの話をされているのか、わからない。私も、父からリーダーたるものが知っているべき『現実』は継承したつもりです。いまさら教わらなくとも」
「では、聞かせてくれませんか。あなたの言う『現実』を」
「それは――秘密でもなんでもない、誰もが知っていることです。メルトダウンが来るそのときまでに森を見つけ、住まい、隠れよ――私達はメルトダウンに備えて、八十年前に首都を離れた。そしてメルトダウンはもう目前に迫っている。あと幾日残っているかわからないが、ひと月の猶予はないだろう、ということです」
「そう。あと十日ほどだろう」
「では、あなたが仰りたいことは」
 ファリウスは焦れる。
「ただ、急げと言いたかったのですか。私はあなたが、メルトダウンなど来ないとでも言い出すのかと――」
「いいや。メルトダウンの規模と時期にまつわる事実については、すべて知られているとおり。しかし、メルトダウンにどう対処すべきか、ある一点について、事実が隠されている。あなたがたは偽りの現実を掴まされている」
 ファリウスは興奮気味に語る老人の口元を、気味悪そうに見つめる。ガランが続ける。
「私を不信に思われますか。無理もない。しかしあなたは『現実』を知らなければならない。どれほど屈辱的なものであっても、どれほど希望が消えそうなものであっても。でなければ、数多くの犠牲の果てにここまで生き抜いてきた仲間達は、今度こそ人としての生を奪われるだろう。メルトダウンによってではない。もっと恐ろしい、もっと忌まわしいものによって」
「なんなのです、それは!」
 ファリウスは叫んだ。次第に高くなるガランの声を断ち切って。
「私達は何にも負けはしない、戦って犠牲が出たとしても、得体の知れないものに無意味に滅ぼされたりはしない! ガラン、ただ私を脅かしたいだけならば、黙っていてもらおう。たとえあなたの知ることが真実であってもだ!」
 叫び、ファリウスははっと口をつぐむ。