40.選ばれし民#3

 ガランは目を細めている。その目には、相手への厚い信頼が宿っている。気まずそうに沈黙したファリウスに、ガランは穏やかに言った。
「すまない、あなたの言うとおりだ。もっと他に言いようがあった。脅すつもりはなかった。許して欲しい」
 ファリウスは首を振る。
「私のほうこそ失礼な口をきいた。私はどんな現実も受け入れる。しかし、それを皆に伝えるかどうかは、私が決める。だからあなたも、事実のみを話してほしい。余計な言葉で恐怖だけを語らないでほしい」
「うむ、まったくそのとおり。申し訳なかった。事実のみを、余計な言葉なしに伝えよう。いいですか」
「はい」
 しっかりとうなずいたファリウスに、ガランも応じる。
「こういうことです。八十年前、百億の人間全てが首都を出て、砂漠に散ったとされている。しかし『現実』は、首都にはいまだ九十九億の人が住み、八十年前に外へ放出された一億人の動向を見守っているのだ」
 長い沈黙。ファリウスの視点は一点から動かない。呟きが漏れる。
「人がいる?……九十九億?……八十年前と変わらないまま?」
 ガランが続ける。
「どうやってその一億を選別したかも、話しておこう。首都の住人はみな、代々住みつづけた環境に適応し、適応しきった結果として、逆に外界への適応力をほとんど失ってしまっていた。首都らしい贅沢な生活、なにひとつ不安も不足もない生活に浸りつづけた大多数の人間から、すべての抗体が失われていた。唯一、祖先達の力を継承していたのは、劣悪な環境を住まいとした最下層の者達だけだった。どれだけ美しく完成された世界にも、必ず負のエリアというものはあるものです。人がそこに住むかぎり。最下層の住民の出自はといえばすなわち、呆れるくらい先祖代々そこから抜け出せなかった貧民たち、もしくは最下層でのみ生きることを許された犯罪者たちの末裔――」
「待ってくれ」
 ファリウスの鋭い声が飛んだ。怒気がこもっている。
「聞き捨てならない。ではなにか。私の祖父は、首都では人間扱いすらされなかったゴク潰しだと言うのか」
「人間扱いされなかった――まさしく。うまい言いかただ」
「なんだと!」
「あなたの祖父殿が本当にゴク潰しかどうか、あなたを見ればわかる。首都で下されていた人間の評価など、我々にとってはなんの意味もない」
「しかし今の話では、首都から出されたのは、人間扱いされなかった者達の厄介払いだったとしか」
「いいや、それは違う」
 ガランは断言した。
「たしかに、あなたの祖父母たちは虐げられていた。首都で代々続いたこの鎖は実に馬鹿馬鹿しく愚かなものであるのに、断ち切られずに放置されていた。そこへ、メルトダウンの知らせが来た。メルトダウンは誰の身の上にも等しくやってくる。そのときになって首都の人間達は、自分達から失われた太古の力を思い知った。生きる道をかぎりなく広げてくれる力だった。しかしその力はもはや失われたのだ。誰もかもが、メルトダウンを恐れながら、その膝元から離れることができなかった。ほんのひと握り、皮肉にも首都の文明の恩恵をほとんど受けてこなかった人々を除いては。そこで首都の最高の地位にいた者達は、決断した。自分達の対極にある『彼ら』、つまり『あなたがた』を、何千年ぶりかに外へと放し、生き残る道を探らせようと」