41.惑いの底#7

 シンはふんと鼻を鳴らし、かすかに笑った。自嘲、という笑いだった。ウィルは思わず身を乗りだした。
「シン、違うのか。答えてくれ」
 シンはしばらく口をつぐみ、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。
「カピタルの騎乗試験は、いつだ」
「え? 十四の誕生日だ」
「ルロウとそう変わらんな。そのときの気分を覚えているか」
「もちろん。不安でしようがなかった。乗れるはずだという気持ちと、乗れなかったら、もう二度とチャンスはないんだという気持ちと、ごちゃまぜになって。すごいプレッシャーだった。シンは?」
「俺も同じだ。今も、そのときとたいして変わらない」
 シンは腕組みを解き、真剣な眼差しでウィルを正面から見据えた。
「自分ならできるはずだ、という自信は、どこから来ると思う。騎乗試験のとき、俺の自信を支えていたのは親から受け継いだ血だ。自分の力ではない。パルヴィスに乗れる人間は千人に一人かもしれんが、だからといって、俺が他の千人より優れた人間とは限らない」
 シンの声は揺らいでいる。 
「竜使いになっていらい、どんな指令も受けてきた。自信があったからではない。そうすることでしか自信を保てないからだ。期待はどんどん重く、要求はますます無茶になる。ひとつの要求に応えるたび、次は何を言われるだろうと考えて、ぞっとする。竜の前で舌打ちしたことが、俺は数え切れないほどある。指示する人間が彼女でなかったら、とっくに――すまん、今のは忘れてくれ」
 シンはちょっと下を向き、気を取り直すようにテーブルを指で弾いて、顔を上げた。
「さて、俺の『自信』はこの程度だ。驚いたか?――たしかにパルヴィスはマスターの不安に敏感だ。だが、マスターの自信が揺らいだくらいで振り落としはしない。もっと奥深い生き物だ。俺は、自分を通してそう思う。お前の竜はどうだ」
 ウィルはうなずいた。
 シーサが俺を乗せてくれていたのは、俺が竜使いの血統だからじゃない。それは確かだ。俺が他人より優秀だからでもない。他のヤツより優秀だった覚えがない。俺が自信に満ちているからでもない。今までだって、しょっちゅうグラグラしてたぞ、俺は。
「シーサも同じさ……それじゃあ、いま俺が乗れないのは、なんでだろう」
 シンは、にべもなく言った。
「知らん。答えは自分で探せ」
「言われなくても……探してる。毎晩」
 うつむき答えると、「そうか」とシンは呟いた。それから、もう一杯くれとばかりにカップを突き出し、受け取った二杯目を飲みながら、本題に入った。虚粒子シールドの件だ。……今までの話は雑談だったらしい。