44.再びママのお話

 暗闇は三日三晩続きました。いいえ、三日だったかどうかもわからない。その間、朝も夜も来なかったのだから。ただ、竜が三度眠り、三度目を覚ましたから、三日だろうと思えるだけです。
 私たちはメルトダウンの瞬間をずっと恐れてきた。きっと一瞬で世界が溶け失せてしまうのだと思っていた。けれど実際は、暗闇と、体じゅう血と肉が沸き騒ぐような奇妙な感覚が延々と続く、それは長い『瞬間』でした。
 どれほどの時間がたったのか、もはや未来永劫、世界はこのままではないかとみなが思いはじめたとき、体が少しずつ鎮まりはじめました。
 みなが平静に戻ったとき、ソディックがもう大丈夫と言って、シールドを解きました。
 森の中央、丸いシールドの頂点が、卵の殻にヒビが入るように薄く裂け、光が射し込みました。シールドはゆっくりと左右に開き、光がふりそそぎ、風がとおりぬけ、そして、森は、世界は、もとの姿に戻りました。
 しばらく呆然としていた私たちはやがて我に返り、メルトダウンを乗り越えたことを知りました。あのときの気持ちは、とても言葉では現せない。カピタルもルロウも関係なく、私たちは互いの無事を喜びあいました。手を取りあい、抱きしめあって。
 ――それから思いだしました。『船』の人たちのことを。
 すでに交信は途絶えていました。バーキン草原から見上げる上空には、なんの影もなかった。彼らはメルトダウンによって消されたのか、それともどこかに避難しているだけなのか。
 ファリウスから四人の竜使いたちに指令が下りました。『船』の行方を探せと。彼らは上空や外周を見通せるポイントへ散り、私たちはファリウスの元に参集して彼らの報告を待ちました。
 そのとき、私たちが期待していたのは、どちらの報告だと思う?
 彼らは私たちの敵だった、けれどメルトダウンの前では、私たちと同じ人間だった。想いは複雑でした。
 ついに竜使いたちが帰ってきました。一人、二人、やがて全員。そして答えを言いました。
 
 『船』は、どこにも見えなかったと。

 覚えておいて。
 彼らにも家族があり、愛する人がいたはずです。彼らなりの生き方を探して、この森に来たはずです。それでも私たちは彼らを見殺しにした。私たちと彼らの隔たりがあまりにも大きすぎ、残された時間があまりにも少なかったから、他の道を見つけることができませんでした。彼らを受け入れず、彼らを葬りました。これが事実です。
 こんな話を伝えていくべきかどうか、迷いました。みなで悩みました。
 罪の意識など私たちの代で終わりにしよう、子どもたちには伝えないでおこうと、一度は決まりかけました。
 けれど、レオン・セルゲイが言いました。事実を隠すのかと。ファリウスが言いました。ガランが真実を話してくれたからこそ、自分たちは生き延びることができたのだと。
 そうだ、とみながうなずきました。
 でも、どう伝えたらいい? 私たちだって、人間らしく生きるためにしかたなく戦った。それをちゃんと伝えなければならないだろうと、ある長老が言いました。私たちは『人殺し』じゃない、これは『誇り高き開拓者』たちの『崇高な勝利』ではないか。そう名付けて伝えるべきではないか。

 そのとき、ウィリアムが言いました
『そんな名前、軽々しく付けないほうがいい』
 ハルミがうなずきました。
『あったことを、あったまま話したほうが、ずっとましだよ』
 ハルミを心配してくっついてきた私に、私の先生が言いました。
『私の仕事はあなたが引き継ぐことになるでしょう。あなたの意見を聞かせてちょうだい』
 わたし、ほんとうに――みんなに見つめられて、息が止まりそうなくらい、緊張したわ。

 それから後のお話は、あなたも知っているでしょう。
 メルトダウンの恐怖から解放された私たちは、新しい生活を築くのにかかりきりになりました。森はまだまだ未知数で、知らなければならないこと、やらなければならないことが山ほどあった。居住区を広げたり、食べられる植物を植えたり、パルヴィス竜を繁殖させたり、いろいろなことを、みなで一生懸命やって、まだ終わりは見えません。
 明日から、あなたもカピタル・ルロウの開拓者のひとりになる。自分にふさわしい仕事を自分で決めて、この森と私たちの繋がりを、もっと強く、豊かにしていくのよ。さあ、あの絵を見て。あの大きな輪のなかに、私たちもいる。あなたはずっと小さい頃から、そのことを知っていたのよね。

 さて、お話はこれでお終い。
 では、行ってらっしゃい。騎乗試験に。

 ふふ、わたしが試験したころは、パルヴィスは竜使いの血統の人しか乗れなかったのに。乗れなかったのじゃない、そう思い込んでいた。わたし、本当は乗りたくてたまらなかったの。今でもそう。だからまた、挑戦するわ。何度でも。
 大丈夫、きっと乗れるわ、あなたなら。キディ!
 それに、最高の先生がついているのですもの!
 そうそう、彼に伝えてくれるかしら?
 夕方、ハルが来るから、わたしの家に遊びに来てねって。三人でミードを飲みましょうって。わたしがそう言ってたって、伝えておいてくださいね。

イメージ 1「Capital Forest」 完話
イメージ 1 >>> あとがきに代えて