13.純血 #9

 ウィルは、ふやけた人差し指に息を吹きかけながら、ぼやいた。
「食われるかと思ったよ……」
「まさか」
 グレズリーは笑い飛ばし、二本目の哺乳瓶に乳を詰めだした。見ると、瓶は全部で五本ある。――なるほど、とウィルは納得した。産まれてすぐにこれだけ飲むんじゃあ、すぐにデカくなるだろう。呆れるくらい。
 ヒナは三本目を飲み終わったところで、口の端が裂けるんじゃないかと思うくらいの大あくびをした。それから、黒いつぶらな瞳を閉じ、鼻の穴をプフーと広げ、コテンと横倒しになった。草の寝床に体をうずめ、満腹のおなかを無防備にさらし、そのままグウグウ寝てしまった。口の端から、乳が幾筋も垂れ、白くカビカビに乾いている。
 そのていたらくを見て、ウィルは、こう言わずにはいられなかった。
「なあ、こいつ……純血種なんだよな?」
 ハルも、眉を寄せている。
「うん……神経質そうには、見えないね。ぜんぜん、見えない」
 グレズリーは、にやにやしている。
「なあに、パルヴィスなみに神経質なオーエディエンだっている。こういうパルヴィスがいたっていいさ。お前さんと、相性が良さそうじゃないか」
 ウィルは、ぼりぼり頭を掻いた。たしかに、自分には合っているかもしれない。マスターの指に食いつくくらい見境いがないヤツなのは、ちょっと頭が痛いけれど。
 ハルが、そういえば、と振り返った。
「ウィル、名前は? 決めてあるんだよね」
「おお、そうそう、聞こうじゃないか」
 グレズリーも、空になった瓶を戸口へ放り投げながら、ウィルを振り返った。
 ウィルは、エヘン、とひとつ勿体をつけ、咳払いをした。
 深く考えずに決めてしまったけれど、こうして産まれてみると、このヒナに、ぴったりの名だ。
「シーサ。……ハルなら、わかるだろ? 世界の果てまで、冒険できる名前なんだ」
 それは、ウィルが唯一、最後まで読んだ本に出てきた名だった。
 夢中になった物語の、主人公。
 おっちょこちょいでがむしゃらで、好奇心のおもむくまま、どこへでも、どこまでも探検した男の子――。

 ウィルは、心に刻みつけた。

 シーサ。
 今夜は、特別な夜。
 小さな英雄が、誕生した夜。
 きっと一生、忘れない。


イメージ 1「Capital Forest」 -純血- 完話>>>次章 -息子達-