28.スタミナ比べ#8

 南に向かい駆ける。と、背後から騒がしい音が聞こえてきた。振り返ってぎょっとした。パドが食べかけの鍋を抱え、竜に乗って追いかけて来たのだ。
「なんだよ、せっかちだな。食い終わるまで待ってくれたっていいだろう」
「付いてくるなよ! 俺はひとりがいいんだ!」
「けっ、シンみたいなこと言ってやがらあ。いけ好かないねぇ」
 いけ好かないなら追ってこなければいいのに。パドは抱えた鍋から、水で戻したプランクトンを素手で掴み食っている。どれだけ食う気なんだ。
「ご馳走さん」
 パドは最後のひとつかみを食べきり、豪快にゲップをし、鍋を「ほい」と投げてよこした。慌てて空中で掴み取る。汚れがこびりついた空っぽの鍋にげんなりしたウィルに、彼は当たり前の顔で言った。
「ストックは全部食べちまったからな。次に来るときは、ちゃんと補充しておけよ」
「冗談じゃない! あんたが食ったんだ、あんたが補充するのが筋だろう」
「したくてもできねぇんだよ。こっちの事情は聞いてるよな? ぎりぎりの食料しか無いんだ。お前のところは余裕があるんだろう。これっくらいで目くじら立てるな、ケチ」
 口をぱくぱくさせるしかなかった。悪態をつく元気もなくなった。もうぼやくしかない。
「ケチって……ぎりぎりって……あんたに言われても……」
 着膨れしたグレズリーみたいな体裁でミルクを五本飲み干したシーサみたいな腹をさすっている男に言われても、全然説得力がない。ウィルのじっとりした視線の意味に気づいたのか、パドは忙しく手を振った。
「俺を基準にするなよ。俺は例外だからな。俺は気が済むまで食べないと動けない体質なんだ。食っただけ体に付いちまうし」
「ふーん」
「あ、お前、信じてないだろ。かーっ、やだねえ、仲間に貶され続け、お前には疑われ。悲しいね。おい、信じろって。本当なんだ」
 はいはいと受け流すと、パドはぴったり横に並びついて語りだした。ハイハイの頃から食い気だけは人の五倍、こいつ一人養うくらいなら竜を一体養ったほうがマシだとまで疎まれた少年時代、竜使いになってこれで気兼ねなくメシが食えると安心した青年時代、で今に至る。彼は「竜使いになれてほんっとうに良かったぜ。なれなかったら追放だった。俺は幸せ者だ」と締めくくった。ウィルは複雑な気分だ。よくよく考えれば真面目に悲惨な話なのだが、ピンとこない。しかも、そんな理由で『竜使いになれて良かった』って……
 延々と続くゆるやかな下り坂を、二頭の竜は楽々と駆け続けた。登りの往きより快調だ。もう昼過ぎだが、このままバーキン草原まで休憩なしで行けそうだ。
 長話を終えたパドはしばらく黙っていた、と思ったら、こちらを見つめ唐突に言った。
「綺麗な子だな」