33.ガランの過去#12

「歩き出して半年もせずに、奴は言いだした。首都へ帰ろうと。みな、奴の提案に不安そうな顔をした。しかし次の瞬間に、手を鳴らして喜んだ。いいやウィリアム、あれはそんな簡単な言葉では足りない。半年前に背を向けたあの首都の暖かい空気、空腹をしらぬ豊かさ、不安をしらぬ平和、どれほど懐かしかったか! みな狂喜して、なぜもっと早くそうしなかったのだろうと口々に言った。あのときの仲間の顔を、私は忘れることができない」
 ガランは急にむせて軽く咳き込んだ。胸に手をあて半身を起こした彼の瞼(まぶた)に、咳き込んだはずみか、それとも過去への想いが滲んだか、小さな水滴がついている。
 ガランは自分の胸をとんとんと叩き、一息ついて続けた。
「まあ、帰りたいのはヤマヤマだったが、結局は旅を続けざるをえなかった。首都に戻ることはできない」
「なぜ」
 思わず口を挟んだ。そうだ、なぜだろう? 自分達は、世界中に散らばった。森を探すために。だが、いま目の前にある死より、数十年後の未来にくる破滅をとる者がいたって、おかしくはないのだ。首都に戻りたいと思う者がいたって、おかしくはないのだ。なぜ、戻ることすらできなかったのだろう――
「マリー・ペドロスから、聞いておらんかの」
「ええと、聞いてない、と思います」
「ふむ。マリーも知らない話だったか? それとも――まあ良い。こういうことだ。首都と外界の砂漠とは完全に別たれている。出入口はひとつたりとも無い。あるのは延々と続く電子の壁、つまりシールドだけなのだ。我々が開拓団として出発したとき、一度だけ壁が取り払われ、そして再び壁は閉じた。戻ろうとしても首都の中に入ることはできない。わかるかね」
「え、そんな!」
「惨い話だろう。だが事実はそうだ。そして私は、あのときも事実を語った。戻ったところで虚しく首都の外壁をぐるぐると、最後の一人が死ぬまで周りつづけるだけだと」
「それで、みんな納得したのですか」
「いいや。みな私を『頑固者』だと言った。誰でもシールドのことは知っている、しかし絶望の中では根拠のない希望も生まれやすいのだ。帰れば、もしかしたらなんとかなるのではないか、どこかから中に入れるのではないかと。そんなときに反対のことを言う私は、ずいぶん孤立した」
「それで、」
 ウィルは唾をのみこんだ。
「追放されたんですか」
「そう急かすな」
 ガランは腕を振った。
「話はそこから。私は皆を説得せねばならなんだ。戻ったところで、けして迎え入れてなどもらえないと確信していたからな。そこで、皆の目を本来の道へ、つまり『森』を探す方向へ向かせるために、言ったのさ。森の場所を私は知っている、とな」
「そんな!」
 ウィルは叫んだ。
「そんな、嘘を!」
「嘘でもないのだが……」
 ガランは小さく呟き、もうひとつ咳をして続けた。
「まあ、若い私には押さえることの出来ない衝動もあってな。共同体の皆が、あの『臆病者』に従うのに我慢がならなかった。あんな男がなぜリーダーなのかと。私のほうがよほど知っていることもあり、正しい判断もできると。張り合ってしまったわけだ。私は皆を説得し、いや『臆病者』の欠点をあげつらってそそのかしたというべきだが、ついには首都へ帰ることを諦めさせた。そして『森』への進路をとった。しかし――」
「――見つからなかったんですね」
「間に合わなかった」
 ガランは肩を落とした。彼の体が急に縮んで見えた。