43.メルトダウン#5

 壁がスッと消えたその先に、箱型の空間が現れた。ここに入れば上へ行けるのか。片足を踏み入れる。と、ファリウスの声が遮った。
「待て! その装置は使うな、出ろ、早く!」
 めまぐるしく変わる指示にふらつくウィルの襟首を、シンが掴んで引き戻す。「どうした?」という問いに、ファリウスが答える。
「上昇途中で停められたら終わりだ。階段を使え。柱を周ってみろ」
 円柱を右回りに周る。ちょうど扉の真後ろの位置に階段が見えた。階段、というか――延々と柱をねじり昇ってゆく白い道だ。膝と腰ほどの高さに華奢な手すりが二本、手がかりはそれだけ。パドなら身動きできない細さ。ここを上れって?
 後ろからトンと肩を小突かれた。
「先に行け。急げ!」
 一段目の階段に足を掛ける。と、体がフワッと浮いた。
「なんだ?――すげえ」
 足を置いた段が川面の波のようにうねり、ウィルをどんどん上へと運び始めた。階段全体が長虫の背みたいだ。後ろのシンも「こいつは……」と呆気に取られる。
 だがひと巡りもしないうちに、急に動きが止まった。シンが舌打ちする。「くそっ、走るぞ!」
 柱に左手を沿え、銃を右手に提げ、二段飛ばしで階段を駆け登る。登り続ける。ひと巡り、ふた巡り、どこまでも。シンを引き離し、すでに部屋の床ははるか下だ。まだ天井は見えない。
 ときどき、思い出したように階段が脈打ち昇りはじめ、また止まる。前触れなしの動きに体がふらつく。やがて気付いた。部屋全体の明かりも、遠く下に見えるパネルの光も。不規則に暗くなったり明るく戻ったり。この建物そのものが、俺達を援けるか拒むか惑っているみたいに。
 太ももが痺れる。繰り返される明滅に、頭がぼんやりする。そういえば。不思議だ。ソディックの、ファリウスの指示。ここに部屋が、制御装置が、上へ昇る装置と階段があることをよく知っているふうな物言いだった……
 白い天井が近づいてきた。あと二周ほどか? 泥を吸ったように重い脚を無理やり動かす。もう少し! 最後の一周、というところでまた階段がうねった。――下へ向けて!
「うわっ」
 膝が崩れる。床に腹と胸を打った。階段は、うつ伏せに倒れたウィルをどんどん下へ流し送る。冗談じゃない、ここまで来て! 銃を支えにもがき立つ。流れに逆らい駆け上がる。それでもじりじりと後退している。遠く下からシンの怒鳴り声が聞こえてきた。「邪魔するな!――頼む、止めてくれ!」
 ふいに階段の動きが止まった。床を蹴ったウィルの足が、ウィルの体を力強く押し上げる。ウィルは走りに走った。走れ、昇れ、頂上が見えた――行き止まり!?
 階段の突き当たりには、白い天井がのっぺりと広がっていた。ただひとつ、緑の線で手の平ほどの円が描かれている。ウィルは迷いなく、左の手のひらを押し当てた。カツン、となにかが解除される音、と同時に、四角く区切られた天井の一部が、ドンッと空に向け跳ね上がった。
 伸び上がった上半身が、突風がなぎ倒された。転がるように外に出る。
 階上の外は平らな空間だった。足下には、白い道と同じ、小さな正六角形がびっしり敷き詰められている。単調な模様を目で追ってゆく。数十リール向こうで、唐突に床が途切れ無くなっていた。その先には――ウィルは一瞬、次にやるべきことが何かを忘れた。