芋掘り言外ノ算

「はいや、システムの話な。・・・て、あんた頭んなかむたむたやで。ネットで漁った情報でなんか考えよちゅうんが間違っとる」
「いや、これもいいなと思いだした。先に視点を複数創出してから本をガツガツ読むってのもオツじゃない。勉強のしがいがあっていいじゃん。あれだけ遠い文化の接点薄い国をこの歳になって勉強したくなるとは思わなかったよ。いやほんと」
「あんた純粋に楽しみ始めたやろ。イスラエルパレスチナどっちに興味あんねん」
「人と信条と機構のイスラエル、人と心情と土地のパレスチナ。同等。いまさらわかった。私が『集』にコミットする動機は責任感じゃなくて好奇心なんだなーと」
「人殺し世相前にして、うちには責任感なんちゃないわ好奇心だけじゃ言うて開き直るんけ? ほんな度胸のある奴やったやろか。んー、ちょい、平常とちゃうな。腹のあたり浮わついとらんか」
「んあ。今はしゃあないかな。まあでも、誰ともツるんでない個人の好奇心を許してくれるくらいには、世界の懐は広いはずだよ。たぶん」
「ほな、むたむたはこだわらんと順不同で往くかや」




イスラエルに資金提供している企業へのネガティブアクションリスト見たとき、軽く衝撃だったね。これって、」
「あ、それ言うてまうん?」
「あのユダヤ陰謀説とは違うよね、トンデモ話とは違うんだよね、真っ当な話なんだよね、ね? ていう」
「あー言うてもた」
「いやだってさ、アメリカのグローバル大企業が名を連ねててこいつらはシオニストが牛耳ってる企業ですよイスラエルにばんばん資金提供してますよ世界は不正義の塊なんですよさああなたもレッツボイコット! ・・・異世界に踏み込んだ気がしただよあたしゃ」
「それ、あんたの見方が妄想気味なだけ。落ち着いて読み返してみ。イスラエルで地域貢献活動ありがとんて喜ばれてる企業のもんは買わんとくのが人としての道でございまひょ、て書いてあるだけや。シオニスト、いう言葉もちょい入っとったけどな。まあそんだけ。『イスラエルで地域貢献ありがとんて喜ばれてる企業』てのは事実、『そないな企業のもんは買わんとけ』いうんは煽動のうちにも入らん。ピヨピヨに穏健な消費者運動やないの」
「そうだね。あんた淡々というなー」
「あんたが耐性なさすぎるんじゃい、そういうんに。人の憎悪が透けて見える運動ちゅうか。その手法と効果はどうあれ」
「苦手だね。理屈じゃなくて感覚的に。今回はっきりわかったけど。あれ幾つの時だったかなー、アメリカだか欧州だかで日本製品がハンマーで壊されてる映像を見たんだ。貿易不均衡で雇用が無くなった現地の労働者のネガティブアクションじゃなかったかな。あの記憶と結びつく。あそこに見えた憎悪そのものへの嫌悪感と、子どもながらに感じた、なんというか・・・理不尽だ、という怒りと」
「職無くしたあっちの人らの理不尽感のほうでなしに、な」
「そ。取り繕ったってしゃあない、そのまんんま言うわ。つまりこういうこと。あんたらの職が無くなったのはあんたらの会社と国がふがいないからやろがい、なのにこっちを悪者にして物を壊してアタり散らすて完全おかしいわそっち!という理不尽の感。おい待て、これっていまハヤリのアレじゃんかおもいっきり」
「『自己責任』!」
「きゃー。こんな唾棄すべき思想を内心堂々と正当化する腹黒い子どもが私だったなんて。あのとき小学生でしたよたしか」
「心にもないこと言うなや。あれ見て『彼らの職を奪ったのは我が国と日本企業の責任だ、むやみに良い物を作って他国で売りサバき利益を得るなど私は自国が恥ずかしい、世界は不正義の塊だ』なんちゃ言うガキがいたらうちはそっちをシバく。胸白すぎて気味悪いわい」
「相手が自国より発展途上の国だったなら感想は違ったと思うんだよね。いくら子どもだったとしても。自陣の繁栄が、本来は他陣の地で為されるべきだった繁栄を損なったうえに成り立っているということ、それを、ぼんやりとでも感知できたんじゃないか。子どもはそういう、なんというかな・・・不正義を自ずから知るというか、弱いものに寄り添う感覚を、ちゃんと持っているのじゃないかと感じるから。あの件で、子どもの私が『あんたら自身のせいやろ!』と思って疑わなかったのは、相手がアメリカだか欧州だかだったからだと思う。相対的に弱いと認識している存在からの、相対的に強いと認識している存在への、凱歌だったんじゃないかと。『集』の相対的な弱さ強さでここまで意識が逆転するのか、と思うと、不思議というかなんというか。『個』に目を移せば、そのときその場に、職を失い生活の保障が無いという困難を抱えている個人が大勢居た、という事実には、差が無いはずなのに」
「まあな。せやけど、あれが産業もロクに無い国やったらボイコットもブッ壊しもなにも起きやせんで。『本来は為されるべき繁栄』の姿を誰も知らんから。自分らはこう繁栄するべきやしできるはずやーいう自己実現のイメージと現実とのドカーンとした落差にもうたまらんわーちゅうヒト様の身悶えがああいう渦になるんちゃうの。あれはアメリカだか欧州だかやからこそ起きた現象ちゃうか。せやから『発展途上の国だったら』ゆう仮定には、うち、ダウト」
「げ。それって、なんていうの・・・対抗するという営為もまた強い者、いや『かつて強かった者』の特権てことですか。本当に弱い人達は対抗するということそのものを知らない、その動機すら自ずから得られない、ということか。・・・あ、あかん。さすがに気分が塞いできた」
「なー、『システム』の話するんちゃうかったけ。どんどんズレてきとるで」
「ズレて見えるけど大事な話なんだよ、私には。後でちゃんとつなげるから。で、『システム』の話ね。ちょい仕切り直そう」




イスラエル全史、上下巻あわせて1000ページちょい。とりあえずこれから手を付けるよ」
シオニズム完全肯定の本やいうんは最初の数ページでわかるな。はっきりしててええわ。んで? 千年単位で苦渋を舐めてきた人らの苦節百年の建国史なんざ、無防備に読んでみ、遠からずあんたの精神イスラエル側に乗っ取られるで。先にパレスチナ難民側にあんたの精神きっちり埋め込んどくか、シオニズムだけは絶対許さへんいう批判軸打ち立てとくか」
「それ、クチダケの推奨策かい。ほとんど抗争状態の精神に思えるけど」
「いや、警報だしただけ。他の策があるならそっちにしょ」
「『聴く』で『傾聴≠共感≠同調』の訓練をさんざんやってきたじゃん。あれを『読む』でやってみよう。今の私ならできるよ。どんなことが書いてあるのかなー。楽しみだ」
イスラエル観光ガイドブックも、あんた純粋に楽しんで読んでたな」
「風景も風情もすごく良さげでした。死ぬまでにいっぺん行ってみたい。観光地としては集客力抜群の土地だな。イスラエルの写真を見ながら呑気に思ったんだよね。観光産業を基盤にユダヤ人もパレスチナ人も一緒に平和に喰っていけたらいいのに」
「外部がそれ言うんはほとんど暴力やで。この世紀に観光以外ろくな産業があらへんのが仮におどれん国やったら、不安でしゃあないはずや。なんとかして手堅い産業定着させようとするやろ」
「そうだね。国土面積は四国程度、国土の4分の3は砂漠、資源は死海マグネシウムと塩(工業用)くらい、資源に頼らない輸出入産業はダイヤモンド加工業くらい。人口700万人。規模と、産業の少なさを見ると、日本の自治体レベル。人口でいえば一番近いのが埼玉、愛知。産業の基盤がスカスカになって財政破綻寸前の昨今の日本の自治体と引き比べると、なにか他人事じゃないんだよね。それくらいの政体が、住民の雇用を確保することと、先進の医療・福祉・教育サービスを住民に提供できるだけの歳入を確保することを命題にするなら、自国内に産業が勃興する機運をただ待つわけにはいかない。外部から産業を移植するか、産業を誘致するかしようとするだろうな、と。国家機関は立法と国防の機能を負うから、歳入と人材をさらに充足させないければならないし」
「あー、それかいや。あのボイコットにこだわってた理由」
「ある国の非人道的政策に直接資金を供出するということと、ある国の経済基盤の成長を経済的に支援するということとは、違う。違う、ということは自覚したうえで行動を選択したいと思う。終戦後しばらく、日本だって、侵略国への戦後補償をろくに行わないまま、原爆被害者への補償をなんら行わないまま、アメリカから莫大な支援を得ていた。その効果で日本の都市機能と鉄道とが整備されて現在があるんだからさ。・・・あの一切が不正義であって為されるべきではなかった、という主張があるなら、それも間違いとは私は思わないけど」
「システムの話に戻してぇな。シオニズム批判の人らかて、あの国の経済成長が気に喰わんわけちゃうし。その分配がむちゃくちゃ不平等やて怒っとるだけで」
「そこでシステムの話。イスラエルの人口政策はその勃興から現在に至るまで拡大路線らしいんだけど。それは外交と国防のうえでは確かに有利なんだが、急激な人口増加を、内政面ではどう対応しようとしているのか、私は不思議なんだ。住むに適した土地が多いわけではない、資源も産業も乏しいのに。1800年代末からのパレスチナユダヤ人口増加数を通覧できる資料を探してるけど、見つからないんだよね。どれくらいの人口を、どれくらいの統治機構の規模で、どのように養おうと企図しているのか。非ユダヤ人も含めて」
「非ユダヤ人も含めて、てか。非ユダヤ人は全員追い出してユダヤ人だけの国を確保したい、ちゅうんがシオニストの共通理念ちゃうかったけ。ネットで読んできたシオニスト批判て、そうとしか思えへん内容ばかしやった」
「そこ、よくわからんのよ。正直なところ。シオニストにも中道とか左派とかあるらしいから。あとね。自分の民族なり宗派なりに根ざす排他的思想があったとしてもさ。それが、700万の人を民主的手続きに則って統治している国家の現実の政策にそのまんま直結するってことは、ないんじゃない。私はそこがすごく気になる。イスラエル国内での非ユダヤ人の排除を具体的に形作っているのは、宗教上の選民意識なのか、紛争の経緯を踏まえた怖れなのか、それとももっとベタな問題、限りある富の分配の問題なのか。通史を読むことでそこが見えたらいいな。初期の労働シオニズムの時代と、大戦後の資本主義隆盛の時代と、1990年代以降のグローバリズムの時代とで、政策の変遷があったはずだし。・・・『追い出せ』という意思に基づいた政策があるのか、『追い出さざるをえない』という認識に基づいた政策があるのか。後者じゃないか、と推測するのだけど」
「『反』出してええか。その『追い出さざるをえない』認識を醸成している大元がシオニズム。その大元を断とうと連帯してはる言論がシオニズム批判。じつに真っ当な論やないの」
「そうだよ」
「あっさり認めよった」
「あっさり認めるよ。わたしゃはじめっから、シオニズム批判の正当性は解ってると言うてるやんけ。でも、シオニズムだのシオニストだのと言わなくとも、あらゆる個人と集団とが断ち切りがたく抱えている負の形なんだよ、それって。だから、彼らの名前をことさら出さずともこの負の形を語る道はある。無いはずがない。んで、私はそっちの道を往きたい」




人が自分自身のために集を形成して生きていこうとするとき、そこに土地と資源と産業と流通の問題が絡み合うとき、異なる集との接触が避けては通れないとき、普遍のこととして必ず発生する困難と苦痛とがある。
システムはその困難と苦痛とを和らげ乗り越えるために敷設される。システムを深く知るということは、敷設者の困難と苦痛と希望の形とを深く知るということ。と、私は感じる。