芋掘り言外ノ業

「さて。約めての問いにそろそろ戻るか。パレスチナっていったい『誰の』土地なのさ」
「なーそれ、ひょっとして『先住権』の一言で片付かんか。これまで国て機構が無かったとしてもパレスチナの人らには先住権てもんがあるわい、イスラエル許すまじーまじでまじで、で速効終了」
「その言葉、私にはしっくりこない。先住権の詳細を云々する以前に、先住者が『先住権』に依って自分達の土地への異民族の移動を拒否するって使用法は見たことない。先住権て、自分が属している統治機構に対して、統治によって毀損されていた自分達の尊厳の回復を求める権利(国土の分割による独立も含めて)であって。ユニークな文化を保持している先住者には土地の占有を保障しますみたいな権利ではないでしょう。じゃないと『日本の国土は日本民族のものである異民は許可なく入るべからず』てな権利になっちまうぜ。あたしゃやだよ」
「現行、たいがいの国は許可ないと入られへんけど」
「それは先住権とは別の話。たんに、どの統治機構も検疫&人口統制システムを手放せないってだけの話」
「あんたの言うてることつなげると、どこの国のどこの土地でも本来は誰のもんとも決まっとらんし決まらんほうがええわ異民族が先住者押しのけて土地は乗っ取るわ国は興すわしたかてどうしようもないわのー、てことけ。パレスチナに限らず」
「それ、無闇につなげすぎ。えーと。
(1)パレスチナに限らず、→Yes。
(2)どこの土地も本来は誰のものとも『決まって』はいないか、→Yes。
(3)どこの国の土地も『決まって』はいないか、→No。構成員によって承認されている統治機構が別の統治機構からも承認される、という相互承認の関係に依って土地が誰かのものと『決まる』。
(4-1)どこの土地も誰のものとは『決まらない』ほうがよいか、→Yes。先住者にしろ統治されている国民にしろ、自らの土地を持たず自らの生計を立てるために移動して来た新入者(←侵入者ではない。誤字にあらず)を排除するような土地の占有は『決まらない』ほうがよい。ただし。
(4-2)どこの土地も誰のものとは『決まらない』ほうがよいか、→No。その土地で生計を立て文化を育んでいる先住者が、その意に反して土地と切り離されたり、生計の立て方を変容させられたり、文化の伝承を断たされたりしてはならない。そのために、その土地は彼らのものと『決まって』いたほうがよい。
(5)先住者がいるにも関わらず異民族がその土地に入植し国を興すことはどうしようもないか、→(4-1)に依ってYes。土地を持たない人が自らの生計を立てるために移動し移動先で集を為し新しい統治機構を興すことじたいは否定できない。
(6)先住者がいるにも関わらず異民族がその土地に入植し先住者を追い出し国を興すことはどうしようもないか、→(4-2)に依ってNo。先住者が国という統治機構を保持していない場合は(3)の要件を満たせないことが問題となる。
こんなところかな」
「これ、日本が対象でも同じこと言えるけ」
「私ですか。ほぼ言えますが。(5)の一部は無理。『土地を持たない人が自らの生計を立てるために移動し移動先で集を為し』まではいいけど、『新しい統治機構を興すこと』は感情が受け付けない。それはさすがに勘弁、という感。これが私の寛容の限界」
「あそ。で、イスラエル
「うん。で、イスラエル。紀元前パレスチナユダヤ『民族』の国家が在ったとしても、その史実は現代ユダヤ『教徒』がパレスチナに国を構えることを正当化しない、てのがシオニズム批判の背骨にある。歴史は断絶しているし、古代のユダヤ民族と現代のユダヤ教徒に血統の同一性は見出せない、そのような史実には依拠できない、という主張。確かに正当化はできない、そこは同意なんだが・・・同様に、不当だと述べる論拠にもならない。そもそも、土地に由縁があろうがなかろうが、人が集を為して他所に移住するのは自由なはずだから。国という統治機構は原則的にそれを阻む、そのシステムには一定の妥当性が在るからどの国も互いのシステムを承認し合っているってだけの話で。国という統治機構の枠組みも領土の境界線も激変していた時代に、ある集団が彼らの民族なり宗教なりから発する情熱に基づいて別の土地に移住した、その事実を『不当だ』と述べる論拠なんて、在るのか? ましてや、帰還するには遅すぎるだの、彼らはその土地に由縁ある『民族』の名を冠するに値しない集団だのと述べる論拠は。由縁があれば正当だなんてロジックは排他的だし、由縁がないから不当だなんてロジックはさらに排他的だ。でも、イスラエルを対象にしてはそれが正義だとシオニズム批判は言うんだよ。パレスチナにおいてはそれが正義なんだと。考えるほど、わからなくなってきた」
「んー、んー、あんまし肯きとないな」
「そですか。どこらへんが。自分でも危なっかしい感が満々する。『脱』の本領発揮してや。『反』でもいい、むしろ歓迎する」
「ちょい『反・反』穴臭い、その理路。あんたのジャッジズム嫌いは筋金入りやもん、シオニズム批判に嗅ぎ取ったジャッジズムは頭から追い出さんと、どんどんそっち引きずられるで」
「・・・そうですね」
「ほな、『反』いっこ。シオニズム批判が『正当性が無い』言うてるのて、ユダヤの人らがパレスチナに入植したことそのものなん? ちゃうんちゃう? ユダヤの人らが『ここはもともとうちらの土地じゃあんたら出てけ』言うてそこを独占しようとしたから、ちゃうか」
「お! そうか。そうかも。そういう視座からは『正当性が無い』と述べるよな、当然。了解。よし、『反・反』穴から脱出。ただし。シオニズム=『ここはもともとうちらの土地じゃあんたら出てけ』とは私は捉えてないから。シオニズムの思想原理は『帰還』、と等価に、ユダヤ人がマイノリティに滑り落ちない国家の創設。ここまで。それが『独占』を導き出すかどうかは、個別の政治の問題と見てる。最初から」
「ほな、『反』もいっこ。正当不当なんちゃジャッジできへん言うけど、こんだけ血を流したうえに流し続けとる問題に是非が付けられん、なんてこと、この世にほんまにあるんかや。ほんまやったら、あんたの倫理政経の教科書に出てきたあの横文字のえっらそうな人ら、みーんな、脳なし、ちごた、能無しやで。うち、ヒトでないけど、そないな不遜なことよぉ言えんわ。あんたひとりで言うて」
「ひとりでも言うけどさ・・・べつに誰のことも脳なしとは思わないが、どんだけ血が流れようが誰のことも正当化はできず不当とも言えない、てことは、あるんじゃないの。現実として。・・・あるだろう、と感じる、この感覚を否定してくれるものが見つからないんだって。正当不当と言えない代わりに、『きわめて不穏当』『避けられるべき事態』『抑止されるべき現象』となら、言えるよ。そのあたりをジャッジの判断軸として用いるしかない、てことじゃないのか。・・・自信ないけど。あ! 言うの忘れてた。ここまでの話は1800年代末から1948年までに限定の話だから。ここから先は別の整理が要る。ジャッジの判断軸が移る」




「えーとなんだっけ、どこまで話したっけ。1948年からはジャッジの軸が移る、移るから正誤の判断が付く、なんでだっけ・・・思い出した。国家として『イスラエル』が認知され一部の国家群からは承認もされる、イスラエルもこの承認を承認する(軍・政の長ベン・グリオンはエルサレムを含まない領土分割案に不満を持ちながらも国家樹立を『国民』と『諸外国』に宣言している)、機構による機構の承認と承認の承認。これによって、パレスチナユダヤ教徒達が為していた集は、ただそこにあるという状態の『集』ではなく、相互承認の世界に参画した『集』となる。よってここからは、機構間で歴史的に積み上げられてきた共通認識(コモン・センス)をジャッジの拠りどころにできる。ジャッジの軸が移る。イスラエルの為政者はヨーロッパ出身、ヨーロッパ伝統のコモン・センスの内で生きてきた人達だから、彼らはこのジャッジの軸を自身の『他者性』を理由に退けることはできない(たとえば、政教分離の原則を退けるイスラム諸国のようには)」
「なんやあんた、まだ続ける気なんけ」
「あ、クチダケ、生きてた」
「4ヶ月もほっぽらかしといて。シオニストシオニスト言うてた人ら、もうだーれもこの話してへんで。おそいわ。あほちゃうか」
「4ヶ月クチダケの声さっぱり聞こえなかったから、死んだのかしらと」
「あんたより格上の人ら能無し呼ばわりしよって祟られたんじゃい。うち、ずっとここにおったもん」
「げー、クチダケって人を格付して疑わない世界に生きてるのか。ちょっと意外」
「はあ、なに言うとんの。あっちはこっちより上や下やいうもんがからっきし無い世界て、おもろいんけ。そんなのっぺらぼーなとこ、あんたあほちゃうか言うてケタケタ遊ぶこの機微はカビほども生えんやろな」
「ん? ・・・クチダケ、あんたと私が最初に『会った』のって、もしかしてあそこか。6歳だったか7歳だったか」
「会ってすぐ、うち、封印されたけどな。大人に怒られたんはともかくマジであっちに泣かれたんがショックやったんやろなー。あんた、あれいらい、うちのこと完全無視しよった。他人のこと言葉でうまいことなぶり倒してクスクスおもろがる黒ぉい子ぉやったのになー」
「はー、そうでしたかね。覚えてないわ」
「さよか。んで? このハナシ、なんで止まって止まり続けてまた動き出したん」
「さあ、なんでやろ。なんでかな。止まったのは、茫漠としちゃったからじゃない。イスラエルと日本、シオニズムを擁するユダヤ教徒無宗教だと自認する日本人、成り立ちも構造も行動様式もぜんぜん違う存在が、ある点においてほとんど同質に見えちゃって、そしたらなんというか、たとえて言うなら、北極星みたく不動だと思ってたものが軸が消えて何もかも明星みたく相互に相対的なものになっちゃって、その天体は茫漠としている、みたいな」
「そのたとえ、わからん」
「止まり続けたのは、茫漠としてるうちに、パレスチナ問題にもイスラエルにも関心がなくなってきたから。だと思う。ああそうだな、間違いないわ。いったん始めておいたからにはと思って何度か更新しようとしたけど、やっぱり言葉は出てこないね。ていうか・・・本音のところでは関心がないくせに何か言わないと不作為の悪行を積んでいるような気がして何か言わずにはいられない、そういう強迫感から出てきた言葉って、なんかナフタレン臭い」
「そういうのにはよぉ利く鼻やな」
「で、ネットでぜんぜん別の話題を無気力にぼちぼち追ってたんだけど。ちょっときっかけがあって、またこっちに関心が湧いて、戻ってきた。パレスチナイスラエル
「あそ」
「そこは追及しないんスね」
「本音の根っこから関心があってここ戻ってきたんなら、これから書くこと書くことイヤでもその話につながるわぃ。慌てて聞かんでも」
「さいですね。ただ、次にどこへ行けばいいかがわからないんだよね。正直なところ。情けないけど」
「うちに相談せんといて。あんたより、なおわからへん」
「次の目的地を教えろってのは、クチダケの本分には合わないのか。あ、じゃあ、『脱』の本分でいこう。クチダケの思ったことそのまんま言って」
「ほな言うわ。いつまでケケはんのコメントほっとくんじゃい。はよ返事せえや」
「うぃ!」