「Capital Forest」

41.惑いの底#7

シンはふんと鼻を鳴らし、かすかに笑った。自嘲、という笑いだった。ウィルは思わず身を乗りだした。 「シン、違うのか。答えてくれ」 シンはしばらく口をつぐみ、言葉を選ぶようにゆっくりと言った。 「カピタルの騎乗試験は、いつだ」 「え? 十四の誕生日…

41.惑いの底#6

持ち帰った水を沸かしていると、シンが帰って来た。すすめた椅子に腰掛けながら厳しい声で言った。 「竜も動かしていないだろう。お前はともかく、竜だけは運動させておけ」 「運動って、散歩とか? それは……」 自分ひとりですら見られたくないのに、後ろに…

41.惑いの底#5

朝、鳥のさえずりが聞こえてきたところで、テントに戻る。机の上で携帯コンロを炊いて、朝食を煮る。風取り窓を指一本ほど開けてあるが、固形燃料が燃える匂いは煙臭くテントにこもった。ミードはとっくに切らしている。かまわない。なにを食べたって、どう…

41.惑いの底#4

翌日、小屋の中で向き合ったシーサは、やはり後ずさりした。 ウィルは腹をくくった。 日課を決めた。昼はテントで眠り、夜は小屋で考える。考えて、自分のなかでなにかが変わったと感じたら、シーサの前に立つ。そして試す。何度でも。メルトダウンのその瞬…

41.惑いの底#3

エヴィーの小屋で。エヴィーの首を抱きながら。 はじめの興奮が収まってくるにつれ、ウィルは、黒の谷の底にいるような気がしてきた。蒼い光は降って来ない。月も星も見えない。ただただ黒い闇。両側の崖がずんずん高くなる。俺のほうがずんずん沈んでいるの…

41.惑いの底#2

階下ではパドが待っていた。シンとレイリーの姿は見えない。彼は「見たか? じゃ、行こうぜ」とウィルを促し、外に出た。陽は落ち、すっかり暗くなっている。「行くってどこへ?」と後を追ったウィルに、パドは抑揚の無い声で言った。 「お前のテントに決ま…

41.惑いの底#1

ウィルが自分のテントに帰り着いたのは、真夜中すぎだった。体はくたくたに疲れているのに、興奮で頭が冴えて眠れない。ひとりテントで寝転んでいるのが苦しくて、エヴィーの小屋に向かった。 細く扉を開けすべりこむと、シーサは遊び疲れた子どものようにぐ…

40.選ばれし民#8

「……お呼びしますか、そのかたを」 問いに、いいやとガランは答える。「時間がない」 「では私が代わりに、聞き役を務めます。彼女には、明日にでも記録を再生してお見せしましょう」 ファリウスもついに、クスクス笑いだした。ガランの瑞々(みずみず)しい…

40.選ばれし民#7

――自信がないと首を振るファリウスに、ガランは少し笑い、では具体的にやりとりを実戦してみようと提案する。うなずいたファリウスと、想定の議論が始まった。 ガランの口調が変わる。静かなというより無味乾燥な、というより無機質な音に。いっさいの情緒と…

40.選ばれし民#6

部屋の中央から、ガランとファリウスの姿がふっと消えた。 暗闇に「しばらく休憩しよう」とファリウスの声が響く。壁の一部が四角く開き、階段向こうから光が斜めに射し入る。壁ぎわに座った人々の口から、ほっと息をつく音とざわめきが漏れる。数人の人影が…

40.選ばれし民#5

「私はまだ持っている」 ファリウスは蒼ざめた。ガランは穏やかに言う。 「どのみち、我らは森に着いている。彼らにとって、もう発信機の有無は問題ではない。今から捨てる意味もないでしょう」 ファリウスは淡々と語りつづけるガランをじっと見守り、訊ねる…

40.選ばれし民#4

「伝説の森を探し、私達を生き延びさせようと、か」 ファリウスが呟く。ガランは笑って言う。 「あなたがたの、ではない。彼らの、生き残る道を」 「どういうことです」 「森の場所など、彼らは最初から知っていた。一億の人間を確実に誘導する手もあった。…

40.選ばれし民#3

ガランは目を細めている。その目には、相手への厚い信頼が宿っている。気まずそうに沈黙したファリウスに、ガランは穏やかに言った。 「すまない、あなたの言うとおりだ。もっと他に言いようがあった。脅すつもりはなかった。許して欲しい」 ファリウスは首…

40.選ばれし民#2

「そのとおり」 ガランは静かに言う。 「真実などという言葉は、軽々しく使うべきではない。それは人の目や耳にはとうてい届かない、奥深いものであるから。ただし、もし本当に起こっている現実が意図的に隠されているとしたら、我々はやはり、ただ目に見え…

40.選ばれし民#1

ドーム天井が閉じた円形の部屋は暗い。闇のすみで、壁に背中をぴたりと付け十数人の人影がぐるりと座っている。しんと静まり返るなか、ひとり小柄な人影が小さな物音を立てている。 やがて「準備完了」というソディックの声、それを受けてファリウスの声が響…

39.作動せず#16

「あっ、そういえば――今から? どんなことが起きるんですか」 念のためパルヴィスから降りたほうがいいとソディックは言った。伝言を受けたシンとパドが竜から降りる。三頭と三人は寄り添うように並び、ソディックの次の言葉を待った。 「ライトを用意して。…

39.作動せず#15

太陽が中天を過ぎたあたりで一行は昼食を取った。朝食抜きで駆け続けた三頭の竜もパドもすごい勢いで食料にがっつく。その横で、ウィルはシンに気になっていたことを尋ねた。 「森の真ん中に、変な建物があるだろ。もうそろそろかな。見たことあるか?」 「…

39.作動せず#14

パドは鍋を降ろし、真面目な顔で言った。 「俺は話してもかまわんが……聞かないでおけ。それは俺の答えなんだ」 そんな、と口を開きかけたウィルをパドは遮った。 「こういうこたぁ、他人のやりかたを聞きかじってろくに考えもしねえで真似すると、よけい遠回…

39.作動せず#13

勧められるまま、ひと握りほおばった。胃に刺激がいったとたん、どっと空腹が襲ってきた。 夢中で次のひと掴みを口に運ぶウィルを置き、シンは立ち上がってシーサに水をやりに行った。パドは鍋に残ったプランクトンを手でこそげ落とし口に運んでいる。もごも…

39.作動せず#12

「どう違うんだ、ああ?」 詰め寄るパドの後ろで、シンが腕組みしている。ウィルは観念した。誤魔化せそうにない。 正直に打ち明けた。昼間、考えごとをしていたらシーサから落ちたこと、それいらいシーサが自分と距離を置くこと。どうしてそうなってしまっ…

39.作動せず#11

「コムが発信機?……言ってくれればいいのに。ソディックさんらしいや」 呟いたウィルに、シンは眉を寄せ「ここはずいぶんやかましいな……なんの生き物だ?」と頭を振り、よく平気でいるなと尋ねた。 「すぐそこから、水場になってるんだ。変な生き物がいた。…

39.作動せず#10

昼間、そこかしこから聞こえてきたなにかの鳴き声。ケケケ、ククク、と軽やかだったあの鳴き声が、今は桁違いの数と大きさに膨れ上がってグァグァと鳴り響き、林の底を覆っている。気味悪くはないがうっとおしい。焼き払いたいくらい。静かにしてくれ。 いい…

39.作動せず#9

いまや塗りつぶしたように黒いシーサの姿。ゆらりと揺れた。と、トットッと近づいてくる震動のあと、ドンとなにかに弾き飛ばされた――シーサが止まらずに真正面からぶつかって来たのだ。 尻もちをついた地面から、ウィルは飛び立つように起き上がった。痛いと…

39.作動せず#8

数歩先に銃が落ちていた。枝を払おうと握っていたのが、シーサの鞍に引っかかり留まってここに落ちたらしい。他の荷物は全部シーサの背の上だ。銃だけでも手元に戻ってきて良かった。 曇り空で太陽の位置がわからない。地図も方位磁石も皮袋の中だ。取りに行…

39.作動せず#7

ビシッという音と衝撃、野太い腕で顔面を殴られた。後ろに吹っ飛ばされる。手の中に残った手綱がビンと張る感触、ウィルは反射的に手を開いた。背中からドッと落ちた。 肺が口から飛び出すかというほどの苦しさ。なすすべもなく横に転がり背中を丸める。両手…

39.作動せず#6

翌日は曇り空で、林は薄暗かった。暑い陽射しが照るよりは涼しくていい。地図を取り出し、白い道へ最短で抜ける方角を見定めて、ウィルはのんびり出発した。急ぐ理由はない。暗くなる前に白い道に載れば、充分だ。 雑木林を進みながら、もういちど探知機を取…

39.作動せず#5

「え? あれ? ソディックさん?」 「私だ」 いつもどおりのソディックの声が返ってきた。ひとつ前の叫びは――それも、ソディックの声にしか聞こえなかったけれど。 「完了したんですか? 完成って、シールドが? 完璧に? ていうか、まさかそっちでもずっと…

39.作動せず#4

ぶんぶん寄ってくる小さな羽虫を手で払いながら、シーサの回復を待つ。眠くなってきた。昨日から一睡もしていないのだから、当たり前だ。ウィルは立ち上がり、体操して気を散らすことにした。ここで寝たら後がつらい。ポール座標まで行って任務を完了してか…

39.作動せず#3

水しぶきを上げシーサが急停止する。とたんにグウッと体が沈んだ。 慌てて下を見て驚いた。一面、水浸しだ。水中には木々の根がうねうねと絡み合い、編み籠の目のように張りめぐらされている。シーサはそのうちの一本を足爪で掴んでたたずんでいた。鳥が枝に…

39.作動せず#2

二度目の小休止を取ろうかというところで、しらじらと夜が明けだした。木立の合間に細長く延びる空天井が、右から左へ色を変え始める。白い道がいち早く反応し闇にほんのり浮かび上がる。やがて木々も色を取り戻し、鳥のさえずりがチッチッとあたりに響きだ…